フライング・へドリアン
作:J.K様
都内小田区内を流れる仲田川。
最近は都内の下町風景を船の上から見るのが結構人気で、遊覧船や屋形船、個人の手こぎボートなどが仲田川を行き来していた。
船内で発生したゴミ類は必ず持ち帰るのがマナーであったが、最近マナーを守らない一部の人たちが飲食物の食べかすやゴミを不法に投棄するケースが増えていた。
仲田川の川底には、ザリガニ、へらぶな、など生物のほか、水藻など水生の植物も共存していた。しかし、飲食物の食べかす、特に、動物性タンパク質の食べかすは川底の生物、植物に影響を及ぼす、生態系を壊していた。
動物性タンパク質の食べかすは川底で分解し、植物の養分になり、また、ザリガニや小魚のエサとなっていた。そしてザリガニは水藻を食べ、自らも変形していった。ザリガニのハサミは何本も伸びる赤茶色の草状になり、本来の足はなくなり、黄緑色っぽい胴体という奇形体をなしていた。そして何匹も大量発生していき、エサの動物性タンパク質を求めはじめていた。しかし、思うように捕獲できず、ついに奴らは水面に浮上してきた。
仲田川沿いの道は、都の区画整備で歩行者用にきれいに舗装されていた。
その付近の道は地下鉄の作地駅に向かう近道でもあった。
3月の夕方6時をすこし回っていたころだろうか、近くの航空会社に勤めるOL恭子(24才)は、上司の命により、関連会社へ書類を引き取りに行くのに作地駅に向かって、その道を少し足早に歩いていた。
「カツ、カツ、カツ、カツ、カツ、・・・・・」
パンプスのヒール音は仲田川の水面にまで届いた。
恭子はたぶん役員秘書だろうか、黒のスーツにスカート姿で黒のパンプスを履いていた。
耳にはイヤリングをしており、美人でスタイルもいい素敵な女性であった。彼女の香水も甘い感じの、いい香りがしていた。
その時、仲田川の水面に変化が・・・
「じゃぼ、じゃぼ、じゃぼ、・・」
水面が波立ったかと思うと、その瞬間、あの奇形体が水面上に姿を現した。一匹、二匹、三匹、・・・
そして次々と空中に飛び立ったのだ!
「ひゅー、ひゅー、ひゅー、・・・」
飛んでいる! あのヘドロを想わせる奇形体が!
この新生物「フライングヘドリアン」は明らかに人間を狙ったのだ!
恭子は川の方から迫ってくる飛来物体にすぐに気が付いた。
「は! えー! 何!?」
自分めがけて飛んでくる。
「きゃあ!」
恭子は上半身を少し前かがみにし、逃げはじめた。
「カツ、カツ、カツ、・・・」
しかし、すぐに追いつかれ、一匹が彼女の首筋に付着、続いて二匹目が背中に、三匹目がお尻に・・・
次々に付着!
「べちゃ、べちゃ、べちゃ、・・・」
「いやーー! 誰か助けてーー!!」
しかし付近には誰もいなかった。
十匹目くらいか、彼女のパンプスにまで付着した!
つぎの瞬間、「じゅ、じゅ、じゅ、じゅ、・・・・」。
フライングヘドリアンの口から何やら白い泡状の溶液が分泌されたのだ。
「ううーーん! うぐああーー!」
「いやーーー!!」
ひどく酢っぱい、強烈なにおいが充満した!
恭子はむせながらもがくが、どうにもならなかった。すると、恭子のスーツの襟元、スカートの裾、それにパンプスまでが溶けはじめたのだ。
奴らの最初の狙いは、恭子の着衣、靴の消滅だったのだ。動物性タンパク質を好む奴らは、恭子のスーツやパンプスなど不要なものはまず消滅させ、その後のタンパク質「そのもの」のみの捕獲が目的だ。奴らの効率的な高度な知能には驚異であった。
「誰かーー!」
「いやーー!!」
「くうううーーー!!」
「じゅ、じゅ、じゅ、・・」 「しーーー! しーーー!・・・」
ついに恭子のスーツ、スカート、ブラウス、下着類、パンプスが完全に溶けた!!
奴らの強烈な酢酸溶液で丸裸にされた恭子は、すでに気を失っていた。
奴らは恭子を素早く空中に持ち上げ、仲田川の方へ飛んで行った。
「ばしゃーーん!」
恭子はフライングヘドリアンとともに川の中に沈んだ。
恭子は川底の奴らの巣に連れて行かれ、食料として食い尽くされたのだ。
人間の味を経験したフライングヘドリアン。奴らは次も若い女性を狙うのだろう
か。
(終わり)
