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光の世界の指標--サム・フランシスの絵画にみる色と空間  (美術手帖, 1974年2月号) 坪井みどり訳*
Landmarks in a World of Light--Color & Space in Sam Francis's Paintings

 仰象派からポナール,マティスにいたるフランスの輝かしい色彩主義の伝統を振り返ると,第二次大戦後この路線をさらに発展させた画家はわずかにカナダ人リオペルとアメリカ人ノーマン・ブルーム,ジョン・ミッチェル,そしてサム・フランシスにとどまるようだ。このグループはつねづね世界を”神秘化”して語ることはせずに,うつろいゆく現実を作品に映し出し,光と色を使って新しい空間世界を拓いてきた。彼らに比べれば,バゼーヌ率いるフランスの色彩主義は,矮小なアカデミズムにすぎない。

 サム・フランシスはフランス的な快楽主義に溺れていると評されてさたが,早くからモネやマティスの作品---特にオランジェリー美術館(ルーヴル分館)の360度の璧に展示され,自由に見渡すことのできたモネの『睡蓮』---に傾倒していただけのことだ。サムのバリ時代の作品にはまた,ポナールに似た色彩の輝きが認められる。ポナールは色面を分割し,その各々にカラー・スベタトラムの一部を対応させることで微妙なゆらめきを生み出した。サムの後期作品にみられる遠心的な構図は,モネの網目のように広がっていく画面,或いは各要素が循環して流れるようにちりばめられたマティスの中心なき構図にヒントを得たと思われる.

 サム・フランシスはだから快楽主義というより,マティスのおおらかさやエネルギー,緊張感,そして色に見出す喜びなどを受け継いでいる。その色は,隠れた全体のごく一部をかいまみせる白の広がりを通じて,絶えず外へ向かって拡張している.
 現在彼の作品で巾をきかせている“白”の存在は,1957年の『The Whiteness of the Whale』に端を発している.ここでは藤色や青,赤の形と背景をなすオフ・ホワイトの地が丁度象牙にはめこまれた宝石のように”地”と“形”がおりなす曖昧な関係を示しているが,徽妙な色あいの白は強い連続性を伴って色の合間に刷かれている.66年になるともっと硬い白が闖入し,支配力を強めて他の色を端に追いやろうと迫る.その結果,いくつかの作品では外からの白が内側に向かって色を押し込める恰好となった.

 1968年の南画廊の展覧会では巨大な作品鮮が発表されたが,ここでの白とその他の色との関係は,ジュールズ・オリツキーが同時期に制作した吹きつけの絵画と比較してみると一層はっきりする.オリツキーの大画面は,彼自身がもやもやと漂う色塊を抑制する唯一の足枷とはならないように,相互に無関係な帯状の重い筆致でところどころ結ばれている。これに対し1965年,サムが色で描いた絵の中の枠は堅牢で勢いさえあり,内側の白か持つ張力を必死で押さえこむかめようだ。先のオリツキーの絵画では,こうした異質な要素の対立が表面の再主張という形で現れるが,充分に目的を果たしているとはいえない。サム・フランシスの場合,それは物質とも空間とも名状しがたい二つの存在が拮抗する,エネルギーの対立を意味する。1965年になると,中央の白は以前の宝石のような形態をつつみこむ柔らかなモノではなく,外に広がる白い宇宙につながる強固な窓となる。画面の白は深くもなく浅くもない不確かな存在で,白に変化がないだけ一層わかりにくい。窓枠からところどころ飛沫か飛び散る以外に表面上は何も起こらず,飛沫も周囲の白とは無関係である。サムはこの時期じっと息をこらしていた感があるが,ようやく解放されたのが1967年の大気に満ちた光の場だ。1970年には,彼独特の色の軌跡や破片が,まるで海に浮かぶ氷山のかけらのようにキャンバス上に現れたり浮遊したりするようになる。これらの色は,そめ出現までいかなる”場”をも形成することのなかった白の広がりにおける指標である。このとき彼の”液体世界”がかもす独自の透明感が再現されたが,それは乾いた絵具がアクリルで濡らした地に滲み出すからだった。1950年代後半,サムは黒の色面に色を見え隠れさせるというステンドグラス的手法で色彩から光のような輝きを作りだしていた。それは火鉢の中の炭のおきびを思わせた。今回は黒ではなく,白に深い純色を混ぜ入れたが,色が濃いあまり中央部はほとんど黒に近く,周辺部は微妙な色彩のベールと化した。また,この“たらしこみ”を行う前に予め刷かれていた無色のアクリル溶液と絵具が接する部分では,絵具の滲みが分断された。(彼は宗達がかの『風神雷神図屏風』で金地の空にうずまく雲を“たらしこみ”で描いたと同じテクニックで,アクリル溶液を刷いた。)雲といえば,サムが若い頃,カリフォルニアの海辺の病院のベッドで身動きできずに寝ていた時に魅了された,空を浮遊する雲のイメージは,その後20年間様々な気候風土をくぐりぬけ,一貫して残っていた。

 50年代後半のほとんどの画家たちからサム・フランシスが袂を分かつ重要な鍵は,絵画空間を根こそぎ歪めたことにある。実際,彼の作品のどこに”水平線’があるかわからない。サムより年上のマーク・ロスコは海底を漂うシェルレアリスティックなイメージから出発して明確な水平性に移行した。即ち,曖昧な輪郭につつまれた長方形が目の前に垂直に立ちはだかる構図だ。1948年のサムの作品には,同年のロスコの件品に近いものがあるが,すぐに別の道を辿りはじめた。最初は溶けかかったレンガ璧のようにゆらめく不定形が,“描かれた枠”によって垂直性を主張した。1957年に広大な白の空間を開拓してからは,流動的な視点が少しずつはいりこんできた。1958年から59年にかけてニューヨークで制作された絵画には,もはや水平線を暗示させるヒントさえ認めることができない。だか,マンハッタンのど真ん中で石筍のように空を突き上げる高層ビル群の下で,一体誰が水平線を目にすることができようか。さらに『Blue Balls』シリーズになると,ぶよぶよした有機形態が白の海に漂うが,重力や上下運動は感じられない。あたかもミクロの惑星か,他の水に浮かんだ単細胞が表面張力にひきずられてさまようように,ブルー・ポールは互いにひきよせられている。またこれ以降,1960年以前の作品にみられた下方への絵具の“垂れ”が,飛び散った斑点から消えてしまう。つまり我々は明確な空間上の方向性を失い,太陽の光に満ちた海面の反映を通してみるか,足元の花畑を眺めるか,頭上のちぎれ雲をみつめるか,そんな方法によってのみサムの空間を理解することになる。

 サムかカリフォルニアからバリヘ,日本へ,次いでニューヨークからカリフォルニアヘ,再び日本へと仕事場を変えるにつれて,空間の方向性も変わる。確かに彼の光の変化はそのとき自分の置かれた場所の認識と軌を一にするようだ。バリの藤色がかった灰色と澄んだ光,ニューヨークの冷たい白,日本の霞,そしてカリフオルニアの海辺のまばゆく鮮烈な光というように。バリでのサムの空間はミロのそれに近く,隠れた浅い空間の中に漠とした横方向の広がりを見せている。太平洋岸に彼が近づくと,深みを内包した灰色は暗雲が去るときのように消え,かわって光の場か全面に現れてくる。この時点で彼はマティスの最も鮮明な色を使って空間的広かりの極致を実現するにいたった。もはやキュビズムの手法で空間溝成を限定する必要はなかった。こうして彼はビカソの構成主義的空間をとりいれたニューヨーク派と訣別したのだが,それはこの方法にふさわしい,閉じ込められた都市風景との別れでもあった。圧迫感や閉塞感が強い作品だけをみると,ニューヨークの閉鎖的な風景によってサムがいかに息づまっていたかがわかって興味深い。そこには50年代の彼の絵画にみられた”描かれた枠”はないし,色の形態はのびのびした自由な白の空間に囲われてはいるか,それぞれの形は凝固して身動きもままならず,鉄とコンクリートの都市を想起させる。

 彼の度重なる旅行が光の世界における足がかりを求めるためだとすると,彼がみいだす光は常に自身の空間エネルギーを作り出している。それは細胞のような色塊がその周りの”余白”の中で光ったり,最近のリトグラフ作品に見られるように多くの色の斑点が爆発的に降り注いだりといった形で現れる。彼の作品を特赦づけるのは,今や形とかモノを越えたエネルギーの磁場,渋味の混じらない,純粋で強烈な喜びに満ち溢れたエネルギーなのである。この点においても彼がニューヨーク派の画家たちと一線を画していることは明らかだ。

 サム・フランシスが物質をエネルギーに変質させるとき,スケールの問題は重要課題ではなくなる。彼が1970年に制作したベルリンの壁画作品は,それ自身の空間を支配するものの,同時に小さい水彩画をスライドで映し出した様に驚くほど似ている。色の形態とそれが泳ぐ白の空間とのバランスが達成されると,環境に応じたスケールの問題はその意味を失う。丁度中国の宋の時代に描かれた水墨画において,小さな点が無限の大きさを感じさせ,物理的な大きさという概念が無関係となるように。ただしこうした例外によって,彼の仕事の中心をなす偉大な表現が破壊されるわけでは決してない。だがそれゆえに彼の作品はニューヨークの50年代にみられる“全面を包みこむ”絵画はもとより,60年代後半の‘特定化されたオブジェ”とも異質である。というのも60年代のミニマリズムと呼ばれる巨大な立体作品は,特定の部屋や展示場の限られた空間や人体のスケールにきちんと合うように構成されたからだ。サム・フランシスはこの種の問題をよけて通り,より大きな自然に対するヴィジョンに集中してきた。彼は光の宇宙を満たす色彩の破片を用いて,瑣未的な問題を全く異なった角度から網羅している。今回の出光美術館でその宇宙の一端をみることができれば幸いだと思う。
(原題:Landmarks in a World of Light--Color & Space in Sam Francis's Paintings)

*この記事は,著者本人の希望により再翻訳したものです。



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