「ウニの赤ちゃんにはとげがない」(2002.8.3 new!)
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突然ですが、問題です。地球上には約42000種もの背骨のある動物(脊椎動物)がすんでいるといわれますが、そのうち魚類はどれくらいでしょう? 答えはなんと48%。魚類、両生類、爬虫類、鳥類、ほ乳類、といった背骨のある動物のうちの約半数が魚類なんですよ。ちょっと驚きでしょう? |
最近、水族館ブームやダイビングの流行など魚を「見る」ことだけでなく、「食べる」ことにも大変な注目が集まっていますね。スーパーの魚売場では、生活習慣病の予防のため、あるいは子どもの頭のはたらきを良くするためとの理由で流行ソングに乗って魚が良く売れているようです。
魚を見たり食べたりするときに、その魚に関するエピソードを知っていたら、もっと楽しく親しみを持てるのではないでしょうか。書店にはすでに魚の生態に関するたくさんの読み物が並んでいますし、ウミウシやクラゲなどは熱烈なファンが増えていて、それだけで一つのコーナーができているほどです。でも魚が卵からどのように生まれ、どのように成長して私たちを魅了するとりどりの色かたちになっていくのか、あるいは淡水から海水、赤道直下から南極海、タイドプール(潮だまり)のような浅海から水深千メートル以上の深海まで、ありとあらゆる水域に分布している魚たちがどんな生理をもっているのかを書いた読み物はほとんどありません。
そこで私は、魚を発生学、生理学、解剖学などサイエンスの目でながめてみる本を作ろうと考えました。私自身がフィールドや実験室でとりこになり、目と心を奪われた魚の話を独り占めにするのはもったいないという思いをずっと持ち続けてきたのです。こんな知識は知っているだけでもわくわくしますし、他の人に教えてあげればきっと驚かれることでしょう。
本文で扱った生物は魚類が多いのですが、本のタイトルは「ウニの赤ちゃんにはとげがない」としました。その理由は、ウニは私がはじめて「発生」(卵から生物の体ができていく過程のこと)をつぶさに観察し、驚き、興味をもった対象であることと、それに特別グルメな人ならずともウニは大好きという人(もちろん私も含め)は多いでしょうから、きっと興味をもっていただけるのではないかと思ったからです。
魚の研究と私
私がはじめて魚に興味をもったのは1989年、大学2年の頃でした。高校卒業後にたまたま読んだ当時京都大学理学部教授の岡田節人先生の「細胞の社会」(講談社ブルーバックス)によって生物学の道に進みたいとの希望が一気に強まり、岡田先生にも習いたくて京都大学理学部に入りました。あいにく、岡田先生は岡崎市にある基礎生物学研究所に移られて講義を受けることはできませんでしたが、大学では多くの魅力的な先生に出逢うことができました。2年生の1年間は、とくに好きだった女性の先生にお願いして先生の研究室で指導していただくことになりました。
私に課せられたテーマはメダカの卵に遺伝子を注入することでした。魚類での遺伝子組み換え法の開発です。
研究はまずメダカを飼育することから始まり、一度に200匹、300匹と業者から購入したメダカを雄と雌に分けて適当な比率で水槽に入れたり、水を換えたり、卵がとれるようにメダカの産卵期に合わせた昼夜の長さを自動的につくるタイマーを設置したりといったことが楽しかったのを覚えています。
またメダカの受精卵を保温器で飼育して発生の観察をすることも楽しい実験でした。魚類の良さは、脊椎動物の中では発生のようすを生きたまま観察し続けられるところです。ニワトリの発生観察をしようと思えば、殻に小さな穴をあけてそこからのぞかなければなりません。殻から出してしまうと、ニワトリの卵は赤ちゃんにもなれないうちに死んでしまいます。メダカの卵は透明なので、ガラスの器に入れた水の中で観察して、また保温器に戻して次の日も続けて観察することができます。発生の観察の楽しさに、私はこの時すっかりはまってしまいました。
一年間の研究の成果は、翌年の発生生物学会で報告することができました。このとき、私の興味は遺伝子組み換えの研究から、魚そのものに向いていました。実際にメダカを飼ったり、発生を観察をしたり、ときには解剖したりするうちに、もっと魚のことを知りたくなりました。ちょうど水族館ブームのはしりで、大阪の天保山にできたばかりの海遊館などあちこちの水族館を見に行ったり、大学の臨海実験研究所で実習があったり、そして卒業研究にタイのタイを選んだりと、魚一筋に大学時代を過ごしました。
その後、魚の研究からは遠ざかってしまいましたが、魚のことや水の中の生物のことを書きたいという気持ちをずっと持ち続けてきました。はじめて魚に興味をもったときから13年もたってしまいましたが、本書のために、あのころからためていた資料や趣味のように集めてきた本などをひっくり返しているうちに楽しさがよみがえってきました。
本書のコラムとして、東京の青山でダイビングショップを経営する松橋正一さんのエッセイを挿入しました。松橋さんはインターネットの中では海楽市場というショップのオーナーで、松とうちゃんの愛称で親しまれています。松とうちゃんは海楽市場のメールマガジンのなかで「松とうちゃんのお生物講座」と題したコラムを連載しています。ダイバーの視点とサイエンスの視点に、松とうちゃん独自の人間社会との対比や食通情報が加わっているのが人気の秘密です。
メールマガジンの読者の方にも、また本書をはじめて手にとって下さった方にも、これからもっと海の生物が好きになっていただけるとうれしく思います。
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