■ MMRを推進した研究者のMMR評価(1996.10.30 堺春美)

参照すべきデータ:MMR導入前後の麻しんワクチン接種率及び麻しんの流行状況--(準備中)

日本でのMMRによる麻疹対策は「麻疹ワクチンの接種率がむしろ下がってしまったという不幸な結果」となったと評価

○第55回日本公衆衛生学会総会(阪大医学部公衆衛生学教室のページへ)
〈シンポジウム2〉
「感染症と公衆衛生」 −世界のトピックスを吟味する−
平成8年10月30日(水) 14:20〜16:50 会 場 : 大阪厚生年金会館 中ホール
参加者数 820人
座 長 蟻 田 功 ((財)国際保健医療交流センター理事長) 吉 倉 廣 (東京大学医学部細菌学教授)
シンポジスト 1) アジアのポリオ根絶成功の条件 尾 身 茂 (WHO西太平洋事務局感染症対策部長) 2) 麻疹根絶の意義 堺 春 美 (東海大学医学部小児科教授) 3) B型肝炎対策 −日本方式の是非− 梅 内 拓 生 (東京大学医学部国際保健計画学教授) 4) 水痘ワクチンの国際評価 山 西 弘 一 (大阪大学医学部細菌学教授) 5) ウィルス性出血熱−国際サーベイランスは機能するか− 倉 田 毅 (国立予防衛生研究所感染病理部長) 6) エイズの世界流行と日本の対応 梅 田 珠 実 (厚生省保健医療局エイズ・結核・感染症課長補佐)

----〈シンポジウム2〉のまとめから堺春美報告のまとめを引用----太字部分が堺氏自身の評価

(引用者注:東海大学医学部小児科教授 厚生省薬務局・現行ワクチンの品質向上に関する研究「MMR研究班」91.10組織の事務局で、「わが国における自社株および統一株MMRワクチンに関する研究」『臨床とウィルス』Vol.23 5 95.12刊の著者の1人)
 ご紹介に預かりました、堺でございます。
 スライドをお願いいたします。臨床でございますので、少し麻疹という病気をどういうふうに理解するかというとこから始めさせていただきたいと思います。
 かつて、わが国でも「麻疹は命定め」といわれてた、それぐらい恐い病気でございました。
 発展途上国では麻疹の致命率は非常に高く、だいたい年間に約100万人の子どもが、現在でも麻疹で死亡しておりまして、麻疹というのが下痢とか栄養失調と共に、小児の主要な死因になってます。
 なぜこれほど恐い病気なのかと。私たちは麻疹というのは、熱が出て発疹が出る病気というふうに小児科でも習っておりましたし、私もそう思ってたんですが、実はそれほど簡単な病気じゃございませんので、麻疹のウイルスは飛沫感染しますけども、それから約11日ぐらいたって、初めて発疹が出ます。
 でも、その前からもうウイルス血症が起こってて、その一方では体の免疫ができてきて、いよいよ抗体もできてきてウイルスが排除されるときが、私たちが発疹を見、発熱(非常に高い熱でございます)、それを見る時期であります。つまり、これはほとんど最後の時期ではあるんです。
 ただここで一番大事なことは、麻疹のウイルスというのは、発熱と発疹だけを起こすのではなくて、もう全身の感染を起こしてる。その中でも一番恐いのは、免疫系の細胞の中でもってウイルスが増えて、特に細胞性免疫機能の低下をきたします。
 この「イミュノロジカルアブノーマリティーズ」と書いてあります。これは健康な子が麻疹に罹っても、一時的にはこういうことが起こります。
 まさに、麻疹というのは単なる上気道感染症の親玉みたいな病気ではなく、むしろ免疫不全を起こす疾患であるということを私たちは理解しなきゃなりません。次のスライドお願いします。
 麻疹のウイルスなんでございますが、ウイルスは外側にとげを出してます。「HAスパイク」というのと「Fプロテイン(F蛋白)」という、そういうスパイクを出してこのスパイクでもって人間の体の表面、粘膜面の細胞に食いつくわけです。スライド次お願いいたします。
 これが麻疹のウイルスの遺伝子の大雑把な順番でございますが、このF蛋白の遺伝子とH蛋白、先ほどのスパイクでございます。この蛋白の遺伝子、これは長い間にはだんだんだんだん変異をしています。
 ですから、昔ワクチンを作ったときの麻疹のウイルスと、現在その辺で流行している麻疹のウイルスでは、かなりこういうとこに変異があります。
 もう一つ重要なことは、この頃は遺伝子を全部解析することができます。それによって、アメリカで流行しているウイルスの株と日本で流行しているウイルスの株を区別することができるようになりました。次のスライドお願いします。
 これは典型的な子どもの麻疹でございます。次のスライドお願いします。
 麻疹のウイルスというのは人間にし罹からない、ごくたまに猿がそこから直接移ることはあったんですけれど、実験室でウイルスを分離して細胞で培養して、その培養したウイルスを猿に感染させることはつい最近までできませんでした。
 ところが、国立予防衛生研究所の小船先生が大変いい細胞を作られて、それで人間のウイルスを生やすと、ウイルスが非常に元気がいい。
 そのウイルスを猿に感染させて猿が麻疹になった。これは世界初の猿の麻疹の写真でございます。次のスライドお願いします。
 これは人間ほど派手ではございませんが、猿の麻疹の発疹です。次のスライドお願いします。
 麻疹ではコプリック斑(口腔内の粘膜に黄色い斑点)が出るのが特徴で、これが診断の一助になります。次のスライド。
 感染した猿でも同じように、猿の口の中側は写真が撮れないので唇の裏側でございますが、ここにやっぱりコプリック斑が出る。猿は、確かに人間の麻疹と同じような症状を出してます。次のスライドをお願いします。
 これは正常な人間の胸腺でございます。Tリンパ球が非常にきれいに配列して、ここにハッサーリ小体といわれるものがあります。次のスライドお願いします。
 ところが、人間の麻疹のウイルスに感染した猿の胸腺を見ますと、正常なTリンパ球の配列はまったくなく、T細胞はすべてぐしゃぐしゃっと固まった巨細胞になってしまって、胸腺としての機能はとても望めない。つまり麻疹というのは本当は一番恐いのは、こういうふうに免疫を担当するようなリンパ球でもってウイルスが増殖して、細胞性の免疫機能不全をきたした。これが一番恐い。
 わが国の子どもは今、元気ですから、麻疹のウイルスに感染してもあまりひどい状態にはなりません。ところが、発展途上国の子どもは、もともと栄養失調があったり下痢があったり、そういうところに麻疹のウイルスが入ると、たちまちにしてやられてしまって免疫不全状態を起こしてしまう。
 まさに、おそらくこういう状態が起こってしまう。そのために、今度はさらにまた別な病気に罹ってしまって死ぬ、あるいは免疫不全があるので、麻疹のウイルスで脳炎なり肺炎になって死ぬ。だからこそ、発展途上国での子どもの麻疹というのは、未だに致命的な病気です。次のスライドお願いします。
 ところで、今度は麻疹の根絶の話をいたします。この世に麻疹というのは、やはり今でも恐い病気であります。
 アメリカでは、特に先ほど尾身先生がお話しになられましたようないわゆるワクチンの一斉投与をするようなことは一切しておりませんが、実際には「学校予防接種法」というのがありまして、MMRワクチンを1回ないし2回、州によって違いがありますが、きちんと受けてないと学校にも入れません。従いまして、大変な強制力があります。
 そのために、大変ワクチンが有効に使われ、以後一時的にちょっと麻疹が流行してアメリカが慌ててたことがあるんですけども、事実上、今アメリカ合衆国から麻疹はなくなってます。
 昨年、300例ちょっと出てますが、それも、先ほど申しました遺伝子の配列から、もうほとんどが外からの輸入例である。調べてみると、これはドイツから来たのだとか、これは日本から来たのだとかいろいろいってます。次のスライドお願いします。
 アメリカはそういう具合で、非常にうまくいわゆるルーチン(定期の予防接種)だけでもって麻疹をなくしましたが、現実に麻疹は、そういう漫然と麻疹のワクチンをやってるだけでは麻疹はなくなりません。
 1986年にキューバが、先ほどの尾身先生のご説明になったポリオと同じような手法でもって、麻疹のワクチンを一斉に投与した。その後、毎年きちんとワクチンをやって、それでもって麻疹をほとんど根絶しました。
 それは大変うまくいったということで、南北アメリカ大陸から麻疹をなくそうという動きが高まりまして、1992年には南北アメリカ大陸のほとんどの国が、キューバの方式と同じような方式で9か月から14歳までの子どもに対して一斉に麻疹ワクチンを接種しました。
 これはもう過去に麻疹ワクチンをやってたとかやってないとかそれと関係なく、この一斉の投与というのが大変効果があるということが、既にポリオでもわかってたわけです。それをやりましたところ、アメリカ大陸での麻疹はストーンと下がってます。
 1994年には南北アメリカ大陸では、紀元2000年までにまず麻疹を根絶しようという目標を立てて、現在、順調に進んでるとうかがっています。スライド次お願いします。
 翻ってわが国の状況を考えますと、わが国では麻疹のワクチンは定期接種であります。1978年秋ぐらいから麻疹の定期接種が始まっておりまして、定期接種の接種率はご覧のように、60パーセントと70パーセントの間を低迷してます。
 この接種率を上げようと思って、一時MMRワクチンを導入いたしましたが、これがむしろおたふく風邪ワクチンの副反応ということで足を引っ張られてしまって、麻疹ワクチンの接種率がむしろ下がってしまったという不幸な結果に終わり、MMRワクチンを中止しても、未だに麻疹ワクチンの接種率というのは60パーセントと70パーセントの間、これも接種の回数はただの1回でございます。
スライド次お願いします。
 このような状況で、ただ1回だけを漫然とやってるとどうなるか。これはわが国の麻疹の発生状況、これは全国のサーベイランスの結果でございまして、約2,300人から2,400人の小児科のお医者さんが毎週、何人麻疹の患者を診たかということを報告してあります。
 それの毎週の集計をこれをずっとプロットしたものでございまして、あるとき流行する。そうすると、かなりそのとき罹るべき子どもたちが罹ってしまう。
 一時的に、翌年から患者数は減るんですけど、それでもその間にだんだんだんだん、ワクチンの接種率が低いもんですから、毎年30パーセントぐらいの子どもがワクチン受けずに残ってる。ある程度そういう子がたまってくると、また流行が少し起き。
 このまま行く限り、わが国の麻疹というのはこのパターンを繰り返すしかないわけです。
 サーベイランスというのは感染症をコントロールするためにやるわけですから、こういうサーベイランスの結果を見て、私たちは次何をしようかということを考えねばならないというふうに思います。次のスライドお願いします。
 これは麻疹のサーベイランスの年齢分布でございまして、ゼロ歳というのは移行抗体(母親からの抗体)をまだ持ってる子どもたちがおりますので、ゼロ歳の子どもはあまり罹りませんが、麻疹のワクチンをまだ接種する前のちょうど1歳の子どもたちというのが、だいたい麻疹に一番たくさん罹っている。
 あとは、2歳から年長児まで分布してるわけですけど、この頃少し10歳以上の年長児、あるいは成人の麻疹の占める割合が増えてます。スライド次お願いします。
 ところが、麻疹として報告されてきてる例が、いったいワクチンを受けてて麻疹になってるのがどれぐらいいるかというのがこのデータでございまして、わずか2パーセントぐらいだけがワクチン歴がある麻疹患者です。
 要するに、残りの98パーセントはワクチンを受けてないから罹ってるわけで、やはり麻疹のワクチンの接種率を上げれば、わが国でも麻疹の患者さんはもっと減らすことができるということをこのデータは示してます。スライド次お願いします。
 じゃあ麻疹で、日本でどれぐらい死亡してるかということでございますが、終戦直後1万数千人が麻疹で死亡しておりましたが、衛生状態がよくなった、そのことだけで麻疹の死亡はかなり減ってきてます。これは対数目盛です。
 麻疹の定期接種が始まってからさらに減って、現在、麻疹での死亡は1992年に14名、93年に14名、わずか14名と思われるかもしれませんが、考え方によっては14人もワクチンで予防できたり、あるいはワクチンで流行を阻止できるような病気でもってまだ子どもが死んでるということをこのデータは示してます。
 その14人を考えますと、皆ゼロ歳児ないし1歳児なんですが、これを致命率に考えると、だいたい日本では麻疹に罹って死亡する率、これが約5千分の1、非常に低い。それが、日本では麻疹というのが今は軽い病気というふうにとらえられてる一番の理由です。スライド次お願いします。
 ところで、これは日本人が今、麻疹に対する抗体をどれぐらい持ってるかというデータで、1992年の抗体保有状況です。
 つい3週間ぐらい前に、ポリオの抗体保有率というのが某大新聞の一面を飾りまして、それでポリオのワクチンを受けてても抗体ができてない年代層があるということが問題になりましたが、麻疹はそれとはまったく違う様相を呈してます。
 なぜかというと、麻疹はワクチンによる免疫だけじゃなくて、先ほどお示ししましたように、麻疹というのが未だに流行しているものですから、流行をかぶってるわけですね。
 ワクチンを受けた人もかぶるし、受けてない人も流行時に罹患してる。そういうことでもって、特にどこかが低いというところはさほどありませんが、1歳ぐらいからワクチンを受け始めますから、1歳、2歳、3歳あたりの抗体保有率は非常に高い。ところが、20歳以上のこの辺以上はワクチンがまだ定期接種になる前の人たちなので、この抗体は全部、自然感染の抗体。
 それにつけても、抗体を持ってない人たち、この一番上の線より上の人たち、この人たちはいざ麻疹がもしも流行すればまた罹る可能性のある人たちでございます。スライド、ありがとうございました。
 では、これからの麻疹の対策というのはいかにあるべきかということでございますけれども、現実に南北アメリカ大陸からはほとんど麻疹を根絶することができているということであれば、麻疹を根絶することは理論的にも可能だし、実際にも可能であります。
 現在、私たちは麻疹の生ワクチンを、どこの国でも持って使ってるわけですけれど、その生ワクチンでもって麻疹の根絶をめざすことが可能であるということがはっきりしました。
 一時期、今の生ワクでは麻疹の根絶ができないんではないかという議論がなされたことがありますが、実際には可能である。もちろんその一方で、ワクチンの改良も必要でございますけれども、当面今ので行うことができることがわかりました。
 麻疹を根絶することがいかに意義があることかということを申し上げたいと思うのですけれども、まず今、わが国でいいますと、年長児とか成人の麻疹が少しずつ増えてるし、実際に抗体をはかってみると抗体を持ってない成人もいっぱいいるわけです。そういう方たちが麻疹に罹れば、やはり学校を休まなければならない、会社を休まなければならない。
 それから子どもが、じゃあ麻疹に罹ったらどうなるかと。エンゼルプランがうまくなかなか機能しなくて、一生懸命、病児を保育園でもって保育するというシステムを作ろうとしたけど、これがなかなか完備されませんので、子どもが麻疹になれば親は休まなくちゃならない。そういう意味での、経済的な負担というのは大きいわけですね。
 ですから、私どもの国のような先進国でも、麻疹を根絶することというのは大変な意味があります。さらに発展途上国では、これはもう公衆衛生学的な大問題であるわけですから、麻疹がなくなるということは、これはさらに一層すばらしいことであります。
 そういうことで、では日本はどういうところに位置してるかというと、南北アメリカ大陸ではあそこまでうまくやった。おそらく次に麻疹の根絶をめざすことができる地域というのは、WHOの地区でいえば西太平洋地区(尾身先生のおられる地区)で、日本の所属している地区だというふうに思うのですけれども、日本という国が南北アメリカ大陸でアメリカが果たしたような役割を担うべきだと思いますし、そうであればやはり麻疹の今のワクチンのあり方をもう一度考えて、漫然と1回だけ接種してるのではなくて、何かもう少し別なやり方をして、日本から麻疹をなくす努力をすべきというふうに考えます。以上です。
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