■ MMR訴訟弁護団の総括「MMR訴訟」(06.8.24薬害対策弁護士連絡会)

   MMR訴訟

(MMR訴訟弁護団)武 田  純
(薬害対策弁護士連絡会幹事)

1 事案の概要


  本件は、厚生省が昭和63年に製造承認したMMRワクチン(麻疹、風疹、おたふ
 くかぜの新三種混合ワクチン)の接種を受けた3名の乳幼児が接種後に死亡したり、
 急性脳症による重度の後遺障害を負ったりしたことについて、各被害児の両親及び生
 存している被害児本人がワクチン製造業者である財団法人阪大微生物病研究会と同ワ
クチンの製造承認及び実施の主体である国を相手に損害賠償を求めていた事案である。
  本件の特徴は、接種されたワクチンそのものに重大な欠陥があり、平成5年4月以
 降は接種そのものが中止されて今日に至っていることである。したがって、本件訴訟
 では同ワクチンの製造承認及び実施そのものの是非が中心的争点となっており、個々
 の接種行為についての過失(禁忌者への接種)が中心的争点とされてきた従来の予防
 接種訴訟とは性格を異にしている。本件MMRワクチンは、接種期間中に1700名
 を超える乳幼児に無菌性髄膜炎を初めとする重篤な副反応を発生させた欠陥ワクチン
 であり、このような多数の副反応を生じさせた最大の原因は、製造業者である阪大微
 研が薬事法に基づく製造承認を受けた製造方法を無断変更し、毒性の強いワクチンを
 違法に製造していたことにあると考えられる。阪大微研は、上記の製造方法の無断変
 更の事実が発覚したことにより、平成6年2月に薬事法違反の行政処分を受けている。


2 訴訟の経過


  本件の原告は、平成元年10月と平成3年6月にいずれも大阪府内でMMRワクチン
 の接種を受けた後に死亡した2名の男児の各両親(平成5年12月24日提訴)及び
 平成3年4月に岩手県内で同ワクチンの接種を受けた後に急性脳症を発症し、重度の
 後遺障害を負った女児本人及びその両親(平成8年4月23日提訴)である。
  上記3名の被害児についての損害賠償請求事件は第一審で併合され、平成15年3
 月13日に大阪地方裁判所第23民事部(吉川慎一裁判長)において第一審判決が言
 い渡され、平成18年4月20日に大阪高等裁判所第1民事部(横田勝年裁判長)に
 おいて控訴審判決が言い渡されたが、同年5月2日に1名の被害児の両親が最高裁に
 上告受理申立を行い、現在に至っている。


3 訴訟の中心的争点と第一審、控訴審判決の要旨


  本件訴訟の中心的争点は、@ワクチン接種と被害児の死亡、後遺障害との因果関係、
 A被告阪大微研の責任、B被告国の責任の3点にあった。
  第一審判決では、@被害児のうち1名についてワクチン接種と死亡との因果関係を
 否定し、他の2名の被害児については死亡、後遺障害との因果関係を認め、A因果関
 係を認めた2名の被害児について、被告阪大微研の損害賠償責任を認め、B同じく2
 名の被害児について、被告国の損害賠償責任も認めた。
  被告阪大微研は、第一審判決について控訴せず、2名の被害児については原告らに
 判決認容額全額を支払い、因果関係を認められなかった1名の被害児についても見舞
 金を支払ってその両親と和解した。しかし、被告国は、同被告の損害賠償責任を認め
 た第一審判決を不服として控訴したため、控訴審では原告らと被告国とが主として被
 告国の損害賠償責任をめぐって争うこととなった。
  控訴審判決は、第一審判決と同様に、@1名の被害児については因果関係を認めず、
 他の2名については因果関係を認め、A被告国の損害賠償責任についても2名の被害
 児について認めたが、B原告らに対しては被告阪大微研から第一審判決後に損害賠償
 金が全額支払われていることを理由として、全ての原告について主文では請求を棄却
 する判決をした。


4 訴訟における到達点


  控訴審においては、原告全員の請求が主文では棄却されたが、このうち2名の被害
 児については、第一審判決において損害賠償請求が認容され、被告阪大微研がこれを全
 額支払済みであるという理由(弁済の抗弁の成立)により請求が棄却されたに過ぎず、
 被告国の損害賠償責任については理由中で認められている。したがって、第一審判決及
 び控訴審判決の判断内容は基本的には同一である。
  両判決の到達点及び問題点は次のとおりである。
  まず、評価すべき点は、@2名の被害児について予防接種と死亡、後遺障害との因
 果関係を認めたこと、A2名の被害児について上記のような被害が生じた原因が被告阪
 大微研による製造方法の無断変更にあると認定し、同被告の法的責任を認めたこと、B
 被告国についても上記のような製造方法の無断変更が起こらないよう被告阪大微研を監
 督すべき条理上の義務があったにもかかわらず、これを怠ったとしてその法的責任を認
 めたことである。2名の被害児については、控訴審判決の主文で請求棄却(弁済の抗弁
 による)となっているため、被告国は上告できず、上記の司法判断が確定する結果とな
 つた。
  他方で、問題点としては、@1名の被害児について予防接種と死亡との因果関係を認
 めず、死亡の原因は直前のインフルエンザ感染にあると認定したこと、A被告国の法的
 責任として被告阪大微研の条理上の監督義務違反を認めたものの、被告国自身が多数の
 副反応報告に接しながら接種を実施し続けたことについての責任が認められていないこ
 となどが挙げられる。
  上記のうち、1名の被害児の死亡とワクチン接種の因果関係については、現在、上告
 受理申立をして最高裁で争っているところである。上記の被害児については、確かに死
 亡直前にインフルエンザに感染したことをうかがわせる兆候(ウイルス抗原の検出)が
 あるが、これが直接の死亡原因になったことを裏付ける具体的な証拠はない。他方、上
 記被害児は、ワクチン接種直後から、麻疹様のコプリック斑と40度を超える発熱、無
菌性髄膜炎による入院という連続する副反応を経験しており、上記2つの副反応につい
てはいずれもMMRワクチンによるものと認定されている。このような先行する2つ
の副反応があるのに、これと被害児の死亡とは無関係とし、直前に感染した可能性があ
るインフルエンザのみが原因とする第一審、控訴審判決の認定には承服しがたいものが
ある。
 また、被告国の責任については、原告は、@製造承認段階の過失、A薬事法に基づく
規制権限(緊急命令)を行使しなかった過失、B予防接種実施主体として接種の一時見
合わせ措置を取らなかった過失、C被告阪大微研を条理上監督すべき義務を怠った過失
を中心的に主張していたが、第一審、控訴審判決は、Cの責任のみを認めたのみで、他
の責任は静めなかった。しかし、平成元年のMMRワクチン導入当初から多数の副反
応報告が厚生省に寄せられていたにもかかわらず、このような報告を軽視し、接種を漫
然と実施し続けた被告国の責任が認められていないことは不十分であり、この点につい
ては、1名の被害児の両親が上告受理申立をしているところであるので、判決理由中で
最高裁が判断を示してくれることを期待している。

(出典:薬害対策弁護士連絡会『薬害対策弁護士連絡会活動報告書』06.8.24)

* 引用者による注
本文中、財団法人阪大微生物病研究会の略称を「阪大微研」としているが、別の研究機
関である大阪大学微生物病研究所と区別する意味で、これまで報道においては「阪大微研
会」と略称されてきた。