商品の詳細

商品番号 KJ94
商品名 須磨明石人丸三幅対
価格 売却済み
寸法 本紙 幅   31.5cm
    高さ  87cm
総丈 幅   34cm
    高さ 174cm
軸先 象牙
元箱
状態 良好
作者 柴田是真 池田弧村 松本交山(略歴等末尾記載)

左総丈 中央総丈 右総丈3


  柴田 是真(しばた ぜしん)
 1807年から1891年
 幕末から明治の漆工,絵師。
 江戸・両国橘(たちばな)町生まれ。
 通称順蔵。幼名亀太郎,号は令哉(れいさい),対柳居(たいりゅうきょ),枕流亭(ちんりゅうてい)。
 11歳で蒔絵師(まきえし)古満寛哉(こまかんさい)に入門,16歳のとき四条派の鈴木南嶺(なんれい)に絵画を学び, 24歳の春,京都に遊学し,南嶺の紹介で岡本豊彦(とよひこ)につく。 また頼山陽(らいさんよう)と交わり,和歌を香川景樹(かげき)に学ぶ。27歳のとき,南嶺より号是真、字(あざな)然(たんぜん)を贈られ,これまでの号令哉を改めた。
 1840年(天保11年),江戸住吉明徳講の依頼で王子稲荷(いなり)社に絵馬『鬼女図額面』を制作奉納, その迫力ある筆致と気魄(きはく)に満ちたみごとな表現は江戸中の人気の的となった。 同稲荷社には代表作の『茨木童子(いばらぎどうじ)図額』も現存している。のち変(かわり)塗りの青海波(せいがいは)塗りや青銅塗りなどの技法を駆使して,是真流の漆芸を完成させた。 73年(明治6年)政府の推挙でウィーン万国博覧会に『冨士田子浦(ふじたごのうら)蒔絵額面』を出品,進歩賞牌(しょうはい)を受賞して以来,内外の展覧会で多くの賞牌を受ける。 なかでも、和紙の上に色漆(いろうるし)で描く漆絵は、油絵を彷彿(ほうふつ)させる是真独得の画法である。 90年帝室技芸員に任命。漆器の作品は、器形の妙味と加飾の蒔絵がよく調和して粋(いき)な江戸趣味を表し,代表作に『烏鷺(うろ)蒔絵菓子器』(東京国立博物館)がある。 絵画では小粋(こいき)な題材やユーモラスな内容の俳味のあるものに特色をもった作品が残っている。

 松本交山(まつもと こうざん)
 1784年から1866年
 江戸時代後期の画家,俳人。
 本姓は上条。名は大機。字(あざな)は真宰。通称は文右衛門。
 天明4年生まれ。江戸深川八幡境内の茶屋松本の主人。店を弟にゆずって,谷文晁門で画を,酒井抱一(ほういつ)とまじわり俳諧(はいかい)をまなぶ。法眼となった。慶応2年死去。83歳。

 池田 孤村(いけだ こそん)
 生年: 享和元年(1801年)
 没年: 慶応2年(1866年)
 江戸後期の画家。名は三信,字は周二,号は蓮菴,煉心窟,旧松道人など。
 越後(新潟県)に生まれ,若いころに江戸に出て酒井抱一の弟子となる。
 画風は琳派にとどまらず広範なものを学んで変化に富む。
 元治元年(1864年)に抱一の『光琳百図』にならって『光琳新撰百図』を,慶応元年(1865年)に抱一を顕彰した『抱一上人真蹟鏡』を刊行する。 琳派の伝統をやや繊弱に受け継いだマンネリ化した作品もあるが,代表作「檜林図屏風」(バークコレクション)には近代日本画を予告する新鮮な内容がみられる。

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