更新2016/03/31「ことば・言葉・コトバ」
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表現よみオリジナル小説 渡辺知明「クロの話」 ―出張表現よみ・講演もいたします


●「クロの話」テキストPDF(聴きながら見られます)中国語訳(訳者=陳友東。リンク更新2016/03/31)

時間
タイトル
書きだし
その16分00秒クロという猫 子どものころ、私の家ではいろいろな猫を飼っていたが、いちばん最初の猫がクロだった。クロは細く引き締まった体つきをしたメスの日本猫で、とくにみごとなのは長く伸びた黒いシッポだった。/その名前どおりに全身つややかで、まっ黒な毛並みの猫だったが、二ヵ所だけ白い部分があった。
その27分43秒父と母とクロ 母の話によると、クロは私の生まれる一年前から家に飼われていたそうである。 /新婚当時、父と母が村の雑貨屋の二階に下宿していたとき、母は近所の農家からちょうど掌に乗るくらいの子猫をもらってきた。その農家では持参金がわりにカツオ節をつけてくれたという。
その37分58秒町で暮らすクロ 私の育った町は古くから絹織物業の始まった土地として知られている北関東の市である。その中心街から北に少し外れた静かな商店街に私の育った家はある。市を南北に貫く県道に面した木造二階建ての借家だった。もとは染めもの屋として使われていた家なので、柱の一部に濃紺の染料の染みのついた部分もあった。
その46分44秒クロの犯罪 私はクロがときどき魚を盗んでくるのを知っていたが、実際に現場を見ることはなかった。事件はたいてい母によって秘密のうちに処理されていたからである。/もちろん、父が事件を発見する場合もたまにはあったが、それよりも母がないしょで始末する場合の方がはるかに多かった。もし、父がクロの事件のすべてを知ったならば、とっくにクロは家を追われていたにちがいない。
その52分36秒クロの死とその後 それから一年もたたないうちに、クロはじつにあっけなく死んでしまった。/二、三日クロの姿を見かけないと思っていると、近所の靴屋の頭のはげたおじさんが店に来て教えてくれた。家の前の通りを渡った路地にクロらしい猫が死んでいるというのだ。たしか夕方のことで、私も母といっしょに確かめに行った。