更新2009/01/21(kazanさんのご指摘で修正) 「ことば・言葉・コトバ」

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印しつけでよむ日本国憲法「前文」
― 推敲と添削のための文章のよみ方 ―
渡辺 知明

1.文章をよむということ
2.印つけの方法 (1)印つけの意義 (2)印つけの種類 (3)印つけの注意点
3.日本国憲法「前文」の印つけ (1)第一段落 (2)第二段落 (3)第三段落 (4)第四段落
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1 文章をよむということ

 文章は一気に書き上げるものではありません。書きながら推敲しています。自分の書いた文章を読み直して、思った通りに書けたかどうか確かめます。まずいところがあれば書き直します。文章を正確に読まないと、どこがいいのか悪いのか判断できません。いい文章を書くためには文章を正確に読む力が必要です。
 ところで、みなさんは文章の読み方を学んだことがありますか。平仮名や漢字といった文字の読み方ではありません。文章の内容の読み方です。文章に書かれた内容を正確に読んで理解する方法のことです。
 小学校や中学校の国語科の授業でも読み方を教えています。しかし、それは設問に答えるための読み方です。問題文の全体を読まなくても問題が解けてしまいます。学習プリントや試験問題も、設問に答えることが前提です。先に設問を読んでから見当をつけてから問題文を拾いよみすればいいのです。アタマから問題文を読んでいたら、設問に答える時間がなくなってしまいます。
 文章の読解力というと、内容を要約すればいいという考えや、書き手の言いたいことを拾い出せばいいという考えがあります。それで、文章の要約をさせたり、物語のあらすじを書かせたり、あるいは文中から書き手の考えらしいものを抜き出させたりするのです。しかし、文章の意味は全体にあります。もしも要約で間に合うのなら、わざわざ長い文章を書く必要ありません。
 書き手の考えは文章の全体にあります。書き出しから結びまでの全体が書き手の考えなのです。書き手の考えとして取り出された文は全体の一部です。それはある考えに対する意見や主張として書かれています。全体の文脈の中にあるからこそ、その考えが意味をもつのです。ですから、書き出しから結びまで、全体を正確に読むことが大切なのです。
 ところが、一文一文のながれをたどって文章の全体を読むような方法については、ほとんど教育されていません。そこで、あらためて文章を正確に読む方法を考える必要があるのです。

はじめへ
2 印しつけの方法
 日本コトバの会では以前から「印しつけよみ」が工夫されています。故会長・大久保忠利は、さまざまな著書の中で、本に印しをつけてよむことをすすめています。それを引き継いだ方法が『コトバ学習事典』にもまとめられています。今回は、現在おこなわれている「印しつけよみ」について、日本国憲法「前文」を例にして解説をすることにします。

(1)印しつけの意義
 印しつけの目的は文と文章の構造を明確にして、書かれた内容を正確に読み取ることです。あらゆるものに形式と内容があるように、文章にも形式と内容があります。
 文章をよむ目的は内容の読みとりです。内容は文章の形式を通じて表現されることで実在します。内容は文章の奥に隠れていますが、形式は表面から見えます。文章の形式を分析することは内容の読みとりになります。
 印しつけは文章の形式の分析なのですが、文章の内容も分析されます。印しをつけながら読むだけで文章が構造的によめます。そして、印しを手がかりにすれば、より深く文章の内容もとらえられます。しかも、文章の欠点も見えてくるので、推敲や添削の力がつけられるのです。

(2)印しつけの種類
 今回の解説で使うのは次の印しです。
 @形式段落に丸数字――形式段落とは、改行して一字下がったところです。そこに丸数字をつけます。すると、長い段落と短い段落が一目で見えます。段落がはっきり区切られるので、書き手の考えをまとめてよめるし、段落相互の関係もわかりやすくなります。
 A主部にマル、述部に傍線――短くて分かりやすい文には不要ですが、哲学論文など、主述を明確にして読む必要のある文章につけます。これによって、重文や複文の構造がわかりやすくなります。主部が省略されたり、抜け落ちた文については、主部を確認します。
 B項目に丸数字――文中に並べられた語句には、傍線を引いて。@AB……とつけます。内容が項目に分割されるので理解しやすくなります。さらに、丸数字の中の項目には、小文字のローマ字でabc……とつけます。
 C接続語と指示語は四角で囲む――接続語は文と文との論理的な関係を示します。「しかし」「だから」「また」などの接続語や、「……が」「……ので」「……から」などの接続助詞から、文と文との論理が見えます。また、指示語は別の語句の代理ですから、印しをつけるときに、どの語句の代理なのか確認します。論のながれを見るときには、相互に線でつなぎます。
 D長い名詞句を山カギでくくる――文の理解を難しくするのは長い名詞句です。文の構造が単純なのに、長い名詞句が文に組み込まれて複雑になることがあります。山カギでくくれば、文構造の骨組みが見えます。
 E読点の追加・切りかえ――複雑な文は重文、複文、重複文です。重文の切れ目に読点がないときには読点で区切ります。複文に組み込まれた単位文(単文)も山カギでくくります。そのとき、修飾語句が次の語句ではなく、その先の語句を修飾する場合、修飾語句の脇にVの印しをつけます。「とびこえ切りかえ」とよびます。また、長い修体語句が名詞に係るときにも同じ印しをつけます。これは「まとめ切りかえ」です。
はじめへ
 
(3)印しつけの注意点
 印しつけには鉛筆かシャープペンシルを使います。目立たないので原文が見えにくくなりませんし、消しゴムで消して何度も訂正ができます。2Bか3Bの柔らかい芯を使うと紙を破いたり痛めたりしません。
 マルは文字ぎりぎりに沿って引くのではなく、周囲を広く囲みます。その方が目立ちます。センもカーブさせて語句のわきに一気に引きます。電車の中で立って本をよむときなどは、すばやく線を引かないと曲がってしまうからです。わたしの経験からの教訓です。
はじめへ
3 日本国憲法「前文」の印しつけ
 それでは、印しをつけて実際の文章を読んでみましょう。今回、取り上げるのは、日本国憲法の「前文」です。英文で書かれた原文を日本語に訳したものです。一見してその複雑さが分かります。いかにも読みにくそうです。
 民主主義と平和の理念について書かれたすばらしい内容だと評価されています。しかし、残念ながら、磨きぬかれた文章ではありません。むしろ悪文です。全文を余すことなく正確に読んだ人がどのくらいいるのか不安になります。
 じつは、わたし自身、分析までして厳密によんだことはありません。しかし、制定から六〇年近くたった今日、憲法改定が話題になっています。それで、今こそあらためて正確に読み直そうと思ったのです。
 まずは印しをつけない原文を読んでいただきます。かならず声に出してゆっくりと音読してください。意味が飲み込めないときには、立ち止まってもう一度、繰り返してください。
はじめへ
   日本国憲法(前文)
 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基くものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。
 日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免かれ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。
 われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従うことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。
 日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓う。
 どうですか。むずかしいですね。文の構造が複雑だからです。せっかくのいい内容が表現できていません。といっても、このかたちが前文の思想なのです。英文もありますが、日本人にはこの文章が思想のかたちです。文章と内容とは切り離せません。まず、書かれたまま正確に読んで、それから、書き手の意図を探りましょう。
 全体は四段落です。一段落は四文、二段落は三文、三段落は一文、四段落は一文で書かれています。前文全体は約六五〇字ですが文は九つです。一文の平均は七〇字です。二十字詰めの原稿用紙なら三行以上です。長文が目立ちます。長い文はそれだけ構造が複雑です。すごいのは(1)の第一文と(3)文です。
 それでは段落ごとに印しつけをしたものをご覧ください。原文を一文ごとに改行して、説明のための番号をつけました。印しを見ながら声に出してください。そして、一文ごとに解説をお読みください。
はじめへ
(1)第一段落―決意と宣言(画像クリックで拡大全文)
 01はとくに長い文です。五重文です。主部は「日本国民は」で、述部は@からDまでの五つです。述部からさかのぼって文をよむと憲法の精神が見えます。文の骨格は「日本国民は……行動し、……確保し、……決意し、……宣言し、……憲法を確定する」です。重文なので分けてよめます。中でも複雑なのが@です。@日本国民は〈……代表者〉を通じて行動する。「代表者」とは、「正当に選挙された」代表者であり、国会において行動するとされます。「代表者」の行動は国民の行動なのです。「正当に選挙された」という条件から、選挙制度とその実施の正当さも問題です。Aには、確保するべき二つのもの、a「諸国民(諸外国)」との協和、b自由のもたらす恵沢とが述べられます。B〈 〉内の〈(政府の行為によつて再び戦争の惨禍が起ることのないように)は日本国民の心の思いです。政府に戦争を起こさせない決意です。Cで〈主権が国民に存すること〉の「宣言」は、主権在民の精神です。以上、@からCまでを前提にして、日本国民は憲法を「確定」するのです。
 02の文は主部の入れ代わりの激しい文です。最初の主部は「国政は」で、あとは、A「(国政の)権威は」、B「国民の代表者が」、C「国民は」です。最初の「国政は」を、以下の述部では「その」という代名詞で受けています。ここで重要なのは@の内容です。「国政は国民の厳粛な信託によるものだ」という意味です。つまり、「国民が国を信じて政治を預けた」のです。預けた相手は「国民の代表者」としての代議士です。その結果として、A権威の由来、B行使者、C享受者について述べられます。この項目は、アメリカ大統領リンカーンの演説した「人民の、人民による、人民のための政治」というスローガンと重なります。
 03は重文です。前半の指示語「これ」がアイマイです。何を指すでしょうか。述部の「人類普遍の原理」から考えると、無難なのは02段落の全体です。「かかる原理(このような原理)」は「これ」のことです。
 04「これ」は前文03「かかる原理(人類普遍の原理)」と考えるのが妥当でしょう。「これに反する」は、@憲法、A法令、B詔勅の三つのすべてにかかる修飾語です。「一切」は全否定の表現です。

(2)第二段落―日本国民の決意(画像クリックで拡大全文)
 国民の決意は三項目あります。一つは、05安全と生存の決意、二つは、06国際社会での名誉ある地位、三つは、07世界国民の生存権の確認です。
 05で、まず@がAの〈 〉の中に入るかどうか迷います。「恒久の平和を念願する理念」というよりも、平和を「念願し」、それで「崇高な理想」を自覚するという意味でしょう。B「公正と信義に」の「に」は「を」と書くべき助詞です。C「……と決意した。」の「決意」の内容は「安全と平和の維持」です。B「平和を愛する諸国民の構成と信義に信頼」することは、憲法第九条・戦争放棄の根拠です。
 06では、「……と思う」内容も二重の(  )でくくられます。外がわに日本国民の意思、そして内がわに国際社会の声が表現されています。
 07では二重の〈  〉で権利が語られています。つまり、〈……する権利〉を〈全世界の国民が有する〉ことを、「われら(日本国民)」が「確認する」のです。

(3)第三段落―国際社会での地位(画像クリックで拡大全文)
 大きくは、「08われらは〈 〉と信ずる」という文です。〈 〉の中に、信ずることが三項目あります。@いずれの国家も「自国のことのみに専念して他国を無視してはならない」こと、A「政治道徳の法則」が普遍的だということ、Bそれにしたがうことは「各国の責務」だということです。@は「信ずる」を述部とせずに、前提とする既定の事実ともよめます。Aの「政治道徳の法則」とは、@のことらしいのですが、文章からは確定できません。せめて、「この」をつけて「この政治道徳」と書いてほしいものです。「B各国」が「自国の主権を維持し他国と対等関係に立とうとする」のは当然だとしています。

(4)第四段落―日本国民の誓い(画像クリックで拡大全文)
 まず問題は、「09国家の名誉にかけ」が、「達成する」にかかるか、「誓う」にかかるか、あるいは両方にかかるかです。そして、「この崇高な理想と目的」の達成が結論です。その内容は、06と07とに書かれた平和を維持するための「名誉ある地位」のことです。そもそも、「国家の名誉」の主体がどこにあるのか。その根拠は、冒頭、第一段落01にあります。
はじめへ
【参考資料】
 参考のために、英文から日本語に翻訳したものをご紹介しましょう。わたしの解説と比較してみてください。どの文をどのように直したかわかるように文の番号を入れました。「国家」という概念を使わずに、「日本人」「人々」「人類」「国」で訳しているところに特徴があります。
日本国憲法・前文(英文からの改訳)

 01私たち日本人は、正しく選ばれた国会の代表者たちをとおして行動します。
 01私たち日本人は、すべての国々との平和的な協力によって得られる実りと、この国土いっぱいに自由がもたらしてくれた恵みを、かたく守っていくことを決心しました。
 01私たち自身と子孫たちのために、私たち日本人は、政府によっておこされる戦争の恐怖を、もう二度と私たちのところにやってこさせないことを決意しました。
 02私たち日本人は、人々こそが最高の力をもつことを宣言します。
 01そして、私たち日本人は、揺るぎない意志で、この憲法を制定します。
 02政府は人々の神聖な信頼によるものです。その権威は人々から出され、その力は人々の代表者たちによって行使され、その利益は人々によって楽しまれます。
 03これは人類すべてがもつ原則でありこの憲法はその原則にもとづいています。
 04私たちはこれに反するどのような憲法どのような法令、どのような詔勅も排除します。
 05私たち日本人は、永遠の平和を願います。
 05私たち日本人は、人と人との友好関係を支配している高い理想を心から自覚します。
 05私たち日本人は、平和を愛する世界の人々の正義と信念を信じて、私たちの安全と存続を守っていくことを決めました。
 06平和を守り、専制政治や奴隷制、圧政や偏狭を地球から永久に追放しようとしている国際社会で、私たちは誇り高い地位を占めたいと願っています。
 07世界中の人々が、恐怖も欠乏もない、平和な暮らしをする権利をもっているということを、私たちは認識しています。
 08どのようなでも、自分ののことだけを考えてはいけない、という政治道徳の法則は、だれにもどこにでも通用するものだと私たちは信じています。
 08自分のの主権を保ち、他の国々と対等な関係をもとうとするすべてのにとって、この法則に従うことは義務なのだと、私たちは信じています。
 09私たち日本人は、の名誉にかけ、全力をあげて、これらの高い理想と目的を達成することを誓います。

『ポケット・オラクルT 日本国憲法前文』1994年5月1日発行。訳・南風椎。発行所 株式会社三五館(〒160-0002東京都新宿区坂町21 リカビル1F TEL03-3226-0035)〈世界中でよまれている日本国憲法の英文から、前文をわかりやすい現代語に訳し直したもの〉(東京新聞1995年1月9日付22面掲載)
以上

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