25周年おめでとうメッセージ

A.E.さん

Date: Wed, 15 Jul 1998
 さださんの歌を聴き始めたのは小学校低学年の時でした。まだ自分から聞いていたわけではなく、 3年上の兄が聞いていたからなんです。 他に聞いていたのは、ゴダイゴやかぐや姫でした。
 さださんの歌の影響でしょうか、他の人の歌はあまり聴きたくなくなってしまいました。 他の人は歌を聴くたび、本気で歌詞のとおりに考えているんだろうか、と思うようになって しまったのです。
 あまり熱心なファンではありませんが、これからもさださんには頑張って欲しい。

トトロさん

Date: Mon, 20 Jul 1998
 さだまさしさんのデビュー25周年、早いものですね。 ついこないだ10周年をやり、20周年もやったと思ったのに。 年数にこだわらず末永く唄い続けて欲しいと思います。 四半世紀にわたって唄い続けること、しかも、多くのファンがファンで有り続け、 さらに新しいファンが増えるのは、まだまださだまさし、枯れを知らずというところでしょうね。
 今年は彼の念願だった ナガサキピーススフィアの起工記念も行われます。 さだまさしさん自身、泉谷しげるさんとは対象的に静かにせつせつと平和を地道に呼びかけて 来ましたね。  ピーススフィアは西暦2000年8月9日に完成される予定です。 今世紀の最後の長崎原爆忌です。新世紀では先の大戦のような悲しい事は繰り返されないよう、 祈りたいです。
そして、ピーススフィア誕生と同時に平和財団が設立されます。 ピーススフィアをベースに様々な平和活動、支援を行うためのものです。  さだまさしさんが「精霊流し」がヒットして、 名前も知れ始めた頃に、長崎で生まれたものとして、平和について何かをやりたいと言い続けて 来ました。その旬が到来したのでしょうね。旬は到来したものの、まだまだ始まったばかり。 彼の望みは沢山の人達と一体となって平和を願うこと。
 僕も長崎に住む者として、長崎という町が被爆したという怨讐を越えてせつなる平和への願いを ささやかながら貝の火運動を通してさだまさしさんのリーダーシップのもと、 訴え続けて行きたいと思っています。

たかじゅんさん

Date: Mon, 10 Aug 1998
 もう、25周年にもなるんですねー。「私の想い出の歌」は、最初 線香花火かな。
 お正月に、お年玉の袋を持ってレコード屋さんに行き、 (あの頃はレコード屋さんだったんですよねー)そこで、ユーミンとさだまさしと迷ったんです。 だけど、さださんの帰去来を買った。 線香花火の入っている帰去来を買った。それから、ずーと さだまさし。
 小学生、中学生、高校生、の間は岐阜県の田舎に住んでいたので、コンサートも 1度しか知らず、無理矢理、父親を口説き落として4階席から小さなさださんに会えた時は、 泣けました。 その後、社会人となり、1年間研修で千葉県に住むことになり、そこで、同期のさだファンと、 コンサート会場に自分で行けるようになったんです。ウーン、やっぱり生はいい。 (決してビールではありません) 現在は名古屋市在住なので、名古屋市でのコンサートは、 必ず出かけています。
 他にも、好きな曲はたくさんあるけれど、きっと私にとって線香花火は、初恋なんだと思います。

ドン・キホーテさん

Date: Sat, 12 Sep 1998
いや〜、もう25周年なんだ。すごいよね。僕もファンになってから20年余。 これも長いが、さださんの世界は飽きがこないんだよね。 他の歌手の歌も聴いてはみるけど、どれもおもしろくないんだよね。
なぜかはまってるんだな〜。せつないんだよね。主人公がさ。 どの曲もみんなせつない。こんな主人公が今いるのかな?なんて思ってしまうんだよね。
「雨やどり」ではまったこの人生。最後までつきあうぞ〜!

ぱいなっぷるわいんさん

Date: Thu, 17 Sep 1998
さださんにはまり22年、ずっとずっとさださんに励まされて生きてきたような気がします。 私の心の栄養剤でした。
結婚して幸せに浸り、子育てに追われ、心の栄養を少々忘れたときもあり。 最近哀しくて、辛くて、苦しくて、淋しくて、自分でどうしたらいいのか分からなくなってしまい、 眠れぬ夜が続き、鬱状態になったしまった私。 そんなとき「本当は泣きたいのに」を聴いて、今の私とダブり、 どうするのか結論は出せないけど、少しだけ自分らしく生きたいと思えるようになりました。
私の心の栄養はやっぱりさださんしかないのです。これからも私の栄養剤を作って欲しいです。 心が泣いているときそっと包み込んで、泣かないで、そんなに苦しまないでと、私の心を慰めて、 休ませてくれるそんな優しい私の心のお医者さんです。 これからも頼ってしまいそうです。

卓さん

Date: Tue, 06 Oct 1998
まっさん25周年!(^O^y~ 長い間頑張ってこられて、近年ますます噺に磨きがかかってきて、 もう大師匠。(?_?) でもなんだかんだいっても歌詞はますます磨きがかかって、叙情、情景に 溢れていますよね。
古い曲ですが「朝刊」これに出てくる夫婦?に中学生でしたが あこがれたものです。きっとこの男性はいつも「ばぁか」とか言いながら、にこにこ顔で心配して いるって、そんな事を思い浮かべていました。たまにこの曲の延長線らしき曲が出てくるのが 今ではまた楽しみの一つです。
ファン長くやっていると、この曲はあの曲の流れ、とか、勝手に思いこんでしまうのですが(爆) それでも歌詞一つ一つが厳選されているのが良くわかりますね。 逆にそれゆえに、理解しにくいし、単純に歌詞だけ追うと、暗いとかそんなイメージが先行して いた時期もありましたしね。

枚方のきりん さん

Date: Sun, 1 Nov 1998
さださん、いつまでも応援していきます。グレ−プの解散コンサ−ト (於:京都会館)で、ヴァイオリンの美しい音色に魅せられて以来、さださんのファンです。 ソロ活動を始められた時、とても嬉しかった事を思い出しました。 そしてその頃、失恋でズタズタだった心をソ−ツと、ソ−ツと包み込んで癒してくれた 「童話作家」で、とりこになってしまいました。 余程気に入らないとレコ−ドを買わなかった私が、「精霊流し」は 持っていたので、やはりその前から、かなり惹かれるものがあったのでしょうね。
その後、京都でのコンサ−トには必ず行き、(和歌山まで行った事も)楽器店に勤めていたので、 アルバムは発売の2日前には購入し、もちろん「まさしんぐWORLD」 にも入りました。最前列の席を手に入れる為に徹夜も何度もしました。 さだファンの友人もたくさん出来、長崎への初めての一人旅も敢行、まさに、さださんと共に 歩いた青春でした。
そして、「関白宣言」が大ヒットした年の秋、結婚し、 (本当はさださんと結婚したかったのですが・・・・!?)同時にコンサ−トもレコ−ドも泣く 泣くあきらめてしまいました。 田舎者だった私は、夫が働いて得たお金を、家に居る私が自分だけの楽しみに使ってはいけないと 思い込んでいたのです。夫は仕事が忙しく、家事や子育てに明け暮れていたあの頃こそ、 さださんの歌が必要だったのにと悔やまれます。
そして4人の子育ても一段落した2年前、偶然見かけた何かの記事で京都でのコンサ−トの開催を 知り、思い切ってかけた電話で幸運にも、チケットを入手する事が出来たのです。 とてもアコ−ステイツクなコンサ−トで、何より嬉しかったのは、久しぶりに見るステ−ジの さださんが、私の知っているさださんだった事です。しかし、CDの一覧表を見て、17年の ブランクの大きさに、愕然としてしまいました。「WORLD」にも 再入会し、名実共にさだファン復活を果した現在は、CDを少しずつ買い揃え、そのブランクを 埋めるべく、日夜努力していますが、まだまだ知らない名曲がたくさんあり、その曲たちと出会える 日を楽しみにしています。
さださんのパワ−あふれるステ−ジにうっとりしながらも、さださんの健康や、御家族の事が気に なります。さださん程、美しい歌詞やメロデイ−を書く人を、私は他に知りません。 絶煙されて、とてもお元気そうですが、どうぞこれからも、御家族のため、私たちファンのため、 お体に気をつけてくださいね。

だいごろうさん

Date: Wen, 25 Feb 1999
はじめまして。さだファンになって20年ぐらいでしょうか。兄が大学生になり家を出て ひとり暮しをはじめたことで、勉強机とラジオがやっと自由につかえるようになった 高校2年のころからです。いつもなにげなく聴いていたラジオ番組に 「さだまさし全力投球」というのがありました。 その中で「永訣の朝」という宮沢賢治の詩をさださんが朗読した時、私の大好きな詩のひとつ だったので、すごくうれしくなりました。それから、意識して「さだまさし」を聴くようになった のです。
「笑顔同封」は大好き!いつもそんな気持ちを込めて 手紙がかけたらいいなと思います。このごろは便利なのでパソコンのメールにたよりがちだけど、 その人が身近に感じられる手紙もなるべく書くようにしてます。字がへたくそなのだけど、 気にしません!
仕事と子育てに追われて、さださんから少し離れていた時期もありましたが、やっと帰ってこれました。 子ども達にも「もう遠慮しないでバンバンとコンサートにでかけます」と宣言しました。 もちろん子ども達3人は、さだまさしを聴いて育ったのです。「案山子」 は6歳の末っ子も歌えます(笑)。
「心の時代」はとても好きなアルバムになりそうです。 これからも元気に、ゆっくりと、じっくりと活躍してほしいとおもいます。 さださんのいる時代に生まれてこられて、しあわせです。

岬 さん

Date: Fri, 30 Apr 1999
25周年おめでとうございます。そんな事をまったく知らずにこのページを覗かせていただいて、 思わぬ形でお祝いを言うことができて、とても嬉しいです。
25年前といえば私は3歳の子供ですが、そのころから今までずっと歌い続けてこられたパワーと、 まったく変わらない感性は本当にすごいことだと思います。
私が一番好きな歌は、「冬の蝉」です。 それから「夢の吹く頃」も大好きです。私の故郷は北海道で、 「北の国から」も馴染みの深い曲ですが、「夢の吹く頃」はその頃 ちょうど悩んでいた私にとって、一つの道標になりました。(この曲も、馴染みが深いですね)
「冬の蝉」の歌詞のーどこで咲くかは風に聞けーと、「夢の吹く頃」のーいつか夢が きっと夢が そこに吹いてくるからーの歌詞は、現状を嘆くばかりでなく変えていく努力とそれを 信じる心を与えてくれました。今も何かあると、この曲を聞いて、頑張ろうと自分を励まします。 これからも、今までのような暖かい曲を作りつづけて下さい。

大阪浩子 さん

Date: Sat. 3 Jul 1999
私がさださんを知ったのは、さださんがデビューしたから。つまり、デビュー当時からのファン と言うことになりますネ。ただ、より深く心に染み込んで、心の支えにするようになったのは私が 16歳の秋でした。今も変わらず私を支え続けてくれる唯一無二の親友、彼女が大のさだファン だったんです。私に『ギターを教えて!』と言った彼女は、覚えたてのコードで “追伸”を歌ってくれたのです。それからが始まりです。
学生の頃は曲を全部コピーして、二人でハモって。“飛梅” 見たくて太宰府へ。ワグナーの“交響曲”も聴きました。 それぞれが結婚し、子育ての間多少のブランクはありますが、常にさださんの曲がありました。
思いでの曲といっても全部が自分の人生の一齣になっていて、リストアップができません。 さだファンにはおそらく多いだろうけど、やはり私も“主人公 ”に励まされています。ひとつ言えるのは同じ曲を違った方向から、見えるようになった かな。“秋桜”を最初に聴いた時は、『母もこんな気持ちで送りだして くれたんだなぁ』 夫婦ゲンカした時は『笑い話に時が変える』と自分に言い聞かせてきました。 子供が成長した今、嫁ぐ娘にはやはりこの曲を送りたい。 さらに“あと1マイル”『そんなふうにお前を育てていない』私も 自分の息子と、育て方に自信を持とう。“邂逅”これはいつ聴いても 涙がこぼれます。
さださん、これからも日本語の勉強をさせていただきます。『さだまさし歌詞集』と言う辞書で ・・・どうぞご活躍を・・・陰ながら応援致しております。

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