Sherlock Holmes シャーロック・ホームズ

  
コナン・ドイルの事件簿 Murder Rooms

 2004年9月、NHK衛星放送で、イギリスの国営放送BBCが2000年から2001年にかけて製作したドラマ,Murder Rooms 邦題「コナン・ドイルの事件簿」が放映されました。ホームズ好きとしては見逃せないこのドラマについて、少し語ろうと思います。

 ドラマの概要

 エディンバラの医学生アーサー・コナン・ドイルは、医学部の名物教授ベル博士と出会う。鋭い観察眼と推理力で犯罪捜査に挑むベル教授と共に、ドイルは大学を卒業した後も数々の事件にかかわって行くというストーリー。
 ジョウゼフ・ベル教授は実在のエディンバラ大学の医学博士であり、ドイルはその教え子でした。ドイルが後にベル教授をモデルにホームズ物語を作り上げたというのは、有名な話です。
 この史実を土台にして、数々のホームズ・ネタを絡ませつつオリジナル・ストーリーを展開するという発想が、私は気に入りました。ある意味、「シャーロッキアンによる、シャーロッキアンのためのドラマ」とも言えるでしょう。面白いのは、このドラマ自体はBBCの制作ですが、「視聴者はグラナダのホームズシリーズを見ている」と言う前提があるような節が見受けられることです。日本で言えば、NHKの大河ドラマで「徳川三代」を放映したとき、「視聴者は『水戸黄門』を見たことがある」という前提があったのと同じですね。

 ドラマ自体は、なんと言ってもベル博士を演じるイアン・リチャードソンの演技が光っていました。彼はシェイクスピア劇出身で、映画にも多数出演。ホームズを演じたこともあります。このサイトに登場する中では、「ローゼンクランツとギルデンスターンは死んだ」に、ポローにアス役で出演していました。
 このドラマ全体を貫くテーマとして、ベルとドイルの師弟愛が挙げられるでしょう。父に対して複雑な感情のあるドイルは、ベルを師として、精神的な導き手として慕い、尊敬しています。基本的にベルに甘えているようなところもあるので、言い争う事もあります。一方、ベルは生徒としてのドイルが可愛くて仕方が無い模様。ドラマが進むと、ドイルの成長に伴ってか二人の関係は友人関係として発展していきます。知的で、お洒落な老人と青年のコンビは、同世代コンビにも負けないくらい、格好良いです。
 ドラマに登場する衣装,小道具,建物,ロケーションなどなど、ヴィクトリア朝の雰囲気も綺麗に撮れていました。脚本も、個々の台詞などは素敵な作りなのですが、いかんせん ― 全体に死体が多すぎます。ドラマに対して「死体は良くない」というナンセンスな話ではありません。構成上あまりにも多く死体を作りすぎて、締まりがなくなったという感じがするのです。その辺りは、個々のエピソードで紹介して行きましょう。

 登場人物

ドクター・ベル(イアン・リチャードソン):
 白髪が素敵なドクター。鋭い観察眼と推理力の持ち主。よく喋る。ドイルの家に上がりこむ。長居する。時々説教くさい。けっこうえらそう。自分の手法を(ドイルに)非難されると、むきになる。ステッキを使った格闘も中々のもの。

アーサー・C・ドイル(ロビー・レイン&チャールズ・エドワーズ):
 若い医者。基本的に好青年で熱血漢。惚れっぽい?その上女運もない。生徒としてはベルに忠実。満たされぬ思いは、怪奇小説で昇華すると言う辺りはやや暗い。特技は気絶。

以下は、個々のエピソードについて書いていますので、ネタバレです。

 第一話 ドクター・ベルの推理教室 Dr. Bell and Mr. Doyle -The Dark Beginnings of Sherlock Holmes-

 どうやらこの一話目は、特別オープニング作品とでも言った方が良さそうです。ドラマのタイトル自体、Murder Roomsではなく、「ベル博士とドイル君 -シャーロック・ホームズの陰鬱たる始まり−」となっているのです。ドイルの役も、この作品のみロビー・レインが演じています。青白い顔の、まさに青二才という感じです。
 出だしから、シャーロッキアン大炸裂。1893年、ストランドマガジンに掲載された「最後の事件」でシャーロック・ホームズが死亡!ロンドンの町では号外が配られ、ストランド社には脅迫めいたものも含めて抗議の手紙が殺到する。「何も(ホームズを)殺すことはなかっただろう」という編集者に、「潮時だよ」というドイルの、回想から物語が始まるのです。
 舞台はエディンバラ大学。女子学生の入学が認められ、反対する学生や理解のない人々などが登場します。そのいざこざはともかくとして、イギリスの古い大学の雰囲気や、学生の黒いガウン、授業風景など学生生活がよく表現されていました。
 ドイルとベルの出会いは、もう笑うしかありません。死体を棒でぶっ叩くベル博士というのは、「緋色の研究」におけるホームズの初登場シーンその物です。その後も、ドイルの時計でベルがその元の所有者の詳細を言い当てて、ドイルが傷ついてしまう下りなどは、もちろん「四つの署名」ですね。
 ベル博士の手法に懐疑的ながら、その勢いと ― 恐らく ― 生き生きとした姿に吸い込まれるように、ドイルが助手になってしまう展開は、スピード感があって面白かったです。夫が妻を殺す最初の事件をもう少しだけ膨らまして、完結すればこの第一話は中々面白かったのですが…
 いかんせん、本編たる連続殺人事件の死体が多すぎました。有名な「切り裂きジャック」を下敷きにしているのは明白です。その為、確固たる動機もないし、探偵側の行動も全て後手後手なのです。飽くまでも「暗い話」を展開する上ではそれで良いのですが、少なくとも私が好きな類の「推理もの」の面白さが、そがれてしまいました。「そういう推理ものではない」と割り切った方が良さそうですね。
 ドイルの恋人エルスペスを死なせてしまったのは、後味が悪かったです。この死が、この後の幾つかに大きく影響するわけですから、致し方ないのですが。
 最後に、トマス・ニールについての史実を短く沿えたのは、お見事でした。恐らくニールの実在が、この第一話創作の発端になっていたのでしょうね。そういう手法は好きです。
 
 関係ない話ですが、エルスペスはシンガー・ソング・ライターのジョニ・ミッチェルにちょっと似ているような気がします。特に口元。

 第二話 惨劇の森 The Patient's Eyes

 大学を卒業し、医者になったドイル。 ―せっかくの学生生活はおしまいかと、ちょっと残念。さて、ドイル役はチャールズ・エドワーズにバトンタッチ。ロビー・レインにも、写真のドイルにも似ていませんが、顎の張ったアメリカ人っぽい好青年です。
 ドイルは友人と共にポーツマス近郊で開業することになりますが、すぐに友人とは折り合いが悪くなります。この友人、医者としてはかなり阿漕。一方ドイルは清廉なたちで上手く行くはずがありません。仕方がないので、ドイルは一人で開業することにします。
 眼の悪い、若く美しい患者,ヘザー・グレイスは、自転車に乗って教会から自宅へ戻る道すがら、「顔の見えない男に」尾行されているとドイルに訴えます。これは勿論、ホームズの「美しき自転車乗り(ひとりぼっちの自転車乗り)」ですね。ドイルにその「尾行者」は見えなかったり、見えても忽然と姿を消したりします。その上、ヘザーには両親を惨殺されるという過去がありました。
 さて、いよいよベル博士の登場。お約束と言うべきか、勝手にドイルの部屋に上がりこんでいます。この時点で、既にドイルと博士は師弟であり、友人でもあるようです。ドイルはベルを「ドクター」と呼んだり、「ベル」と呼んだりもします。日本語吹き替えでは全て「先生」になっています。
 ヘザーの尾行者に興味を持ったベルは、ヘザーの身辺を調査し始めますが、その一方でドイルは彼女に恋をしてしまいます。ヘザーが行方不明になると、たちどころにベルに八つ当たりするあたり、ドイル君はまだまだ若いです。お約束の「ドイル君負傷&ベル先生の手当て」も登場。
 この作品も、やはり死体が多いですね。助手と教師は死ななくても良かったのではないでしょうか…。

 最後のどんでん返しは中々面白かったです。
 「コートレーという男に両親を殺されたヘザー。コートレーは逮捕されて処刑されていた。彼女はかつて婚約者に捨てられたという過去もあった。そしてその元婚約者が戦地から戻り、ヘザーを尾行,最後には監禁した」という筋立ては、全てヘザー自身の作り事だった ― つまり、
 「ヘザーはコートレーと愛し合っており、その愛の邪魔となった両親を男と共謀して殺害。コートレーはヘザーを守るために処刑される。ヘザーは他の男と婚約するが、死んだコートレーを忘れられず、婚約を破棄する。その後戦地から戻った元婚約者を利用して、両親殺しを暴きそうになった人物を殺していく」 ― 
 一回見ただけでは何がなんだか分からないのですが、二回見るとなるほどと思います。そして、このヘザーの企てに、見事にドイルが利用されたと言う訳。決して後味は良くないのですが、悪くない構成だと思います。死体を減らして、もう少しすっきり見せることが出来たら尚良かったのですが。
                                                  8th January 2005

第三話 死者の声 The Photographer's Chair

 ドイルが恋に落ち、将来を約束した女性エルスペスが殺されたのは、シリーズ第一作。第三話はその回想から始まります。ドイルもエルスペスも俳優が変わっています。それはともかく、この回はドイルのメソメソ・モード全開です。このメソメソ感が、私がこのエピソードの評価を低くする原因の一つ。

 ともあれ、死んだ彼女を思うあまり警察のお世話になるドイル。地元の警部さんとも仲良しになっているようです。そのよしみで、ドイルは海から上がった謎の死体の検死をします。この辺りは、元々の設定が生きてて良いですね。食事をしている人にグロイ話をするのも、探偵や医者のお約束。ドイルの下宿のおかみさん登場。貫禄があって、説教臭く、ほとんどお母さん状態のお決まりキャラですが、凄く良いです。しかも怪しく侵入してきたベル先生をぶん殴ろうする辺り、大好きです。もちろんベルはドイルの家に居座ります。就寝前の語らいや、食事のシーンなども良かったです。
 海から次々に上がる奇妙な死体を、ベルとドイルが協力して調査。その結果、とある女性霊媒師ヘレナ(霊媒師って女性以外は居ないのでしょうか?)の降霊会に集まる面々に、注目することになります。
 容疑者を観察するために、ドイルが降霊会に参加するのですが、そこでドイルはエルスペスの霊に出会ってしまいます。ベルは交霊術など頭から信じません。ドイルも最初は信じていませんでしたが、エルスペスを救えなかった自分と師,医者として救えなかった幼い命、絶望したその母親 ― ドイルは現実の「限界」に失望し、疲れていました。そして彼はエルスペスの霊の存在を信じ、ベルと対立します。ここで、図らずもベルはかつて妻を失った痛みと、その痛みをドイルと共有し、ドイルを守ろうとする心情を吐露することになります。この心情描写は中々良く出来ていました。
 しかし、やはりというか、死体が多すぎました。殺人の動機が「天に昇る霊を撮影するため」という時点で、私は引いてしまいました。ドイルを半殺しにするのもやり過ぎ。最後に犯人を殺してしまったのがとどめ。あれは余計でしたね。
 残念なのは、写真や娼館の話を中途半端に扱った点にもあります。特に写真家は、このネタ一本で構成しても良かったのではないでしょうか?構成上の失敗は、色々なものを詰め込みすぎたからかも知れません。勉強になります。

 ただ晩年のドイルが、交霊術にのめりこんだという事実を踏まえると、興味深いエピソードでした。他のエピソードにも言えるのですが、全体にもうすこしすっきり構成した方が良かったのでしょう。

 第四話 謎のミイラ The Kingdom of Bornes

 博物館の館長をしているドイルの友人が、入手した古代エジプトのミイラを公開の場で分析するために、ポーツマスにベル博士を呼びます。しかし、ミイラを思われたのは、最近殺された男の死体だった。19世紀末からヨーロッパで高まった博物熱がよく描かれています。何でも集め、何でも公開し、見世物にします。
 例によって、今回もよせばよいのに、死体が余計です。博物館の館長を自殺させてしまったのはいただけません。
 ただ、今回は多少雰囲気が明るくなるのが良いです。特に旅芸人の登場が素敵でした。困難に立ち向かい、たくましく、明るく、騒々しく、誇り高い。ついでにドイルがボクシングの試合で簡単に倒されるのは、爽快でした。
 そして、博物と共に今回のテーマになったのが、アイルランド独立運動と、テロリズム。カナダから美しい娘と共に来た成金のドノヴァンは、イギリスで美術品を買いあさっているように見せかけて、実は極端なナショナリズムの持ち主でテロリストを支援しているのです。彼らが言う所の「伝統の儀式」にのっとって武器を揃え、ドイルを牢屋に放り込んだ挙句に殺害しようとします。しかし、今回のドイル君は中々機敏です。ベル先生も、襲われますが御年の割りには(失礼)丈夫。
 森でテロリストに追われたドイルが助かる経緯や、ミイラ(死体)の出所などは、構成上の上手さがあって良かったです。座長のふてぶてしさが素敵。看板描きのおとぼけぶりも光っていました。
 ここで話をまとめていれば良かったのですが、ちょっと長く引っ張りすぎました。ロンドンでのテロリストとの攻防は、警察に任せてしまった方が良かったのではないでしょうか。ベルが路上生活者に化ける辺りは、シャレが利いていますが(ホームズっぽいですね)。ドノヴァンと娘の死体は、例によって余計です。

 今回のエピソードには、ドイルの弟イネスが登場します。彼の登場も、雰囲気の明るさに貢献していますね。ベルがポーツマスから立つ前に、イネスに「兄さんがひどく悩んだり、困ったときには知らせるのだよ」というところは、憎い演出です。

 第五話 暴かれた策略 The White Knight Stratagem

 久しぶりに故郷エディンバラに帰ってきたドイル。実はある事件を担当したベルが、折り合いの良くないブレイブニー警部と衝突しないよう、ドイルを呼び寄せたのです。阿漕な金貸し殺害事件は、実は以前起きた工場経営者アリシア・クレインの自殺に、端を発していたのようです。
 このエピソード、構成的にはもっとも出来が良かったと思います。物証,人間関係からして、当然容疑者と思われる人物に、ベルもドイルもたどり着きますが、結局それを覆されてしまいます。ブレイブニーはベルと鋭く対立し、アリシアの恋人の存在を突き止めようとします。
 面白かったのは、ドイルがブレイブニーを観察し、ブレイブニーがそれを利用しようとした所です。病気で植物人間状態の妻を、献身的に介護するブレイブニーですが、ベルが指摘するように捜査官としては無能のように見えます。しかし、ドイルはチェスを通してブレイブニーの鋭い洞察力に気付くのです。そしてドイルはブレイブニーの意見に賛同し、ベルとは別行動を取ります。
 当然失望するベルはドイルと対立 ― しかし、実はこれはドイルの演技でした。今回はこのドイルの立ち回りが良かったです。「敵」の策略によって新たな死者を出し、衝撃を受けるベルの元に、ドイルが来るシーンは良かったです。互いの信頼感と、それを信じたドイルの種明かしには、ベルも私も「やられた〜」と思いましたね。 長いシーンで台詞もたたみかけるようでしたが、緊迫感もあってとても良かったです。
 ブレイブニーという人物のスタンスを、百八十度変えただけで、全ての物語がすっきり収まる展開は素晴らしかったです。推理物において警官が犯人というのは反則だと思うのですが、今回の場合は最初からブレイブニーは「注目すべき人物」として登場していました。ドイルもそこに注目していたのですから、アンフェアとは言い切れません。私はかなり最後の方まで、アリシアの恋人は弁護士ではないかと疑っていました。ただし、ブレイブニーのあの最後はもうすこしやりようがあったと思いますが。
 今回は構成も良かったし、オカマキャラのホテル支配人や、ディアストーカー購入、ドイルの父への複雑な思い、ドイルとベルの師弟として,友人としての情愛など、見所が多かったです

                                                17th January 2004

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