織物市場の建物

  旧川越織物市場は、広場を挟んで南北に長い東西2つの棟からなります。東棟は15間(畳の長辺1つ分で1間、15間で27.30メートル)、西棟は18間(32.76メートル)の長さがあります。いずれも奥行きは3間です。2階建てで、両棟とも広場に面して1間の土庇がついています。東棟は南側でL字に折れており、ここに組合事務所がおかれました。

 市場棟を俯瞰。右のL字形が東棟、左の直線形が西棟。

  屋根は2棟とも切妻造りです。東棟のL字の部分のみ、寄棟造りになっています。2階の屋根には桟瓦が葺かれ、棟は熨斗積みです。軒先には平面で切り出した古風な瓦が用いられています。一部、川越織物市場の「川」と「市」を図案化した丸瓦がのこっています。
 

 土庇を下から望む。この下屋の屋根には「なまこ板」が貼られていた。
 

  土庇の奥行きの1間はかなり深い部類に入ります。町屋ならば3尺から4尺が普通です。さらに明治末期の町屋では下屋柱の位置に建具が入り、室内空間になっているのが普通です。この空間が公共性を重視した、江戸時代の様式を受け継ぐ市場建築としての特徴といえます。

  土庇の屋根には「なまこ板」とよばれるトタン板(大波鉄板)がもちいられています。これは当時の最新の近代的材料です。日本に最初に輸入されたなまこ板の記録は明治5年であり、国内生産されたのは八幡製鉄所において明治39年のことです。この貴重ななまこ板をふんだんに使うなど、川越織物商人たちの意気込みが伝わってきます。現存する当時のなまこ板が輸入品か国産品かは鑑定されていませんが、いずれにせよ建築材料の歴史を考える上で価値が高いものと評価されています。

  1店舗のスペースは間口1間半で、西棟に12店分、東棟に10店分あります。東棟にはこのほかに3間分の組合事務室があります。この1間半の店舗を基本とし、2店舗で1ユニットとなっています。2つの店の境は1階、2階ともに板戸で仕切るようになっています。大きく使いたいときはこの板戸を取り除くことにより間口3間の店舗として使えるような間取りになっています。便所は2店舗共用で店舗の裏側に設けられています。
 

 揚戸(西棟)。格子戸が残る1間半分が1店舗のスペース。
 

  広場に面した正面側をみると、1階には板戸と格子戸からなる揚戸(あげど)がはいっています。両者とも上下2枚に分割され、さらに1間と半間に左右に分割されています。これらは現代のシャッターのように、すべて2階を支える梁(はり)の裏側にせり上げて収納できるようになっています。板戸の揚戸は川越の古建築では一般的に見られる形式ですが、格子戸も揚戸としている例は他には見当たりません。これら揚戸を収納したあと、1間と半間の間の柱(方立:ほうだて)をはずすと、完全に間口の開いた店舗となります。なお、板戸格子戸にはくぐり戸がつけられていて、揚戸を閉めた後の便を考慮しています。
 

  店に入ると、3尺の土間につづき、6畳間となっています。その背後に板の間があり、2階に上がる急なはしごのような階段がつけられています。2階も1階と同様、6畳間と板の間になっています。2階のまどは出格子になっていて、内側に雨戸がついています。
 

参考文献:
(1)川越唐桟 第14号

(2)旧川越織物市場調査概要報告書
協同組合伝統技法研究会 2001年12月25日