仁義なき闘い

北岳にて -- かつりん VS スポ××登山教室

北岳の肩から下山の日。小太郎分岐に到着すると、30人からなる大集団が休んでいた。彼らも下りである。先に行ってもらった方がゆっくり写真を撮ったりできるので、大集団が出発するまで休憩することにした。30人パーティはいでたちからして初心者ばかりのようだった。スニーカー+ジーンズの中年男性や、街を行く若い女性が使っているような、ストラップが紐のように細くて、おそらく容量は10Lもないだろうと思われるデイパックとも呼べないデイパックの中年女性など。
様子を窺っていると、ガイドはこうのたまった。
「私たちが今下りると、登りの人がすれ違うのに60人になっちゃいますので、もうちょっとここでゆっくりして間を空けてから下ります」
なんともうひとつ30人の軍団がいるってのかい!! そしてガイドは山座同定を始めた。
「あそこのぎざぎざが小川山です。で、そのずっと奥にあるのがたぶん日光白根山です。しかし日光白根山から北岳を見た記憶はないので、ちょっとあやふやで、自信はありません」
「わっはは」
「まったく時間があるというのも困りもので、なんか解説しなきゃいけないし、でも自信がないしです」
「わっはは」
ガイドもいろいろとたいへんだ。
「で、日光白根山の隣が皇海山だと思います」
おっそろしくマイナーな山を紹介するなと思ったが、
「おおー」「へえー」「あれが?」
みんな深田百名山はよく知っているらしい。

軍団が去ってから少しして、われわれも下り始めた。すると軍団は御池との分岐ですれ違い待ちをしていた。しかたなく通り過ぎると軍団もわれわれを追うように下り始めた。
右俣コースは相変わらず花が美しい。そして草原の向こうにバットレスが見えるのがまたいい。写真を撮っていると再び軍団に追いつかれた。もういちいち考えるのが面倒なので軍団の最後尾にくっついて歩くことにした。これがまたえらく遅い。そして我々のさらに後ろからヘルメットを持ったクライマー6人組が下りてきたので道を譲った。しかし彼らも軍団の最後尾に巻き込まれ、我々は一体となって下りていった。北岳バットレスをも乗り越える熟練クライマーではあるが、さすがに30人もの人の壁は懸垂下降はできないようだ

そのまま進んでいくと、さらに前方の30人軍団が休んでいた。こいつらは某スポーツ新聞主催の「スポ××登山教室」であった。初心者軍団の到着と入れ替わるようにしてこいつらは出発していった。われわれは初心者軍団と同じくここで休憩。ガイドはすぐさま「みなさん、下りの方が足に堪えますので・・・」と注意していた。
ここでわれわれは先に出発。ようやく大軍団ともお別れだ。のんびり気ままに下っていく。がっ。二俣の大岩が見えてきたあたりからなんだか騒がしくなってきた。なんと先行するスポ××登山教室がすぐ下にいたのだ。こいつらは、これまで一緒になったツアーたちと比べて明らかに統制を欠いていた。こんな渋滞を引き起こしておきながら、雪渓をバックにのんきに写真を撮ってやがるやつがいる。いくら残雪豊富な年とはいえ、8月下旬の雪渓はスノーブリッジだらけで貧相である。それでも喜んで記念撮影しているところを見ると、こいつらも初心者グループのようだ。周りもべらべらと大声でわめき散らしながら歩き、隊列が乱れようとお構いなしだ。すぐにわれわれは追いついてしまった。
そしてここにも先ほどの悲運のクライマー達が巻き込まれていた北岳バットレスをものともしない彼らだが、30人の人間ゴルジュには手も足も出ないまま、だらだらと下るしかない。

スポーツ新聞の先頭が二俣に着き、休憩するようすだった。それから最後尾の我々が着くまで5分近くかかった。あたり一帯は苛立ちのオーラに包まれており「先頭はもうちょっと奥に行ってくださーい」などと怒号が飛び交っていた通勤電車で、奥の方が空いているのにどういうわけか扉付近で頑張っているやつを見かけることがあるが、きっとそんなやつがいるのだろう。またそういうやつはえてして、次の駅ですぐ降りるのかというとそうではなく、大勢の人が乗り降りするのもまったく気にせず扉のそばから離れないもんだから、乗降口が渋滞して電車が遅れ、あげくにこっちが降りようとするとカバンとカバンが絡み合っちゃったりしてチョー邪魔で、二重三重に迷惑をかけるひんしゅく野郎なのだ。
しかしこいつらもここで抜くことができるだろう。ガイドだか添乗員だかが、あとからやってくる渋滞の被害者ひとりひとりに「お待たせしました」「すみませんでした」と謝っていた。謝られても逆に腹が立つだけだったが、場の雰囲気がこれ以上悪くなるのはよくないと考え、とりあえず無視しておいた。

さて我々もザックを置こうと適当なところを探したが、広場の上部はスポ××が占拠している。下の方の空いている場所に行こうと思うが、道で休んでいるジジイがいるので身動きできない。んなろー、電車に乗ったら奥に進めよクソジジイと思いつつ、ジジイの後ろを通ろうとしたら急に動きやがった。のわー。突き飛ばされた格好になったかつりんはバランスを崩してすっころんでしまい、20cmくらい滑落して膝を石に打ち、イチローも愛用しているサポートタイツに2ヶ所穴が開いてしまった。高いんだぞ、これ。
「あら、だいじょうぶ」
というので思わず語気を荒げ
「道の真ん中に立たないで!!」
「あ、はい」
やれやれ・・・
ガイドは、ひとりひとりに謝る以前にこういったところをきちんと指導するべきなのだ。「登山教室」なんじゃないのか。パーティが道を占拠しているということにも気が付かないようなリーダーでは統制がとれないのも無理はない。いや、ガイドのせいばかりとも言えない。ひとりのガイドが引率できる人数は4〜5人と言われている。つまり、ひとりで30人も引率するという企画を生み出したスポ××がそもそも悪いのだ。いや、ちょっと待てよ、よく考えてみたら、「通行の邪魔だから道の真ん中に立たないように」って一般常識の範囲なんじゃないのか? つまり・・・
えーい、もうなんでもいい、とにかくそこどけ!!

ちょっとあざができたくらいで怪我はたいしたことはなかった。落ち着いて休憩しようとすると、衝撃の第2波が我々を含めた周辺の登山者を襲った。こいつらのガイドが
「8時40分出発予定でーす」
と高らかに宣言したのだ。ただいま32分。これを聞いた悲運のクライマー達が
「よし38分出発!!」
というのでわれわれは39分に出発することにした。転ばされた挙句に、10分も休めないとは。
しかし先ほどの渋滞でよほど懲りたのか、クライマー達は結局35分に出て行ったので、われわれも時間を早めて38分に出発。
すると後ろから
「あと2分でーす」
の声が。うへえ。自然に足が速まる。
「あと1分でーす」
こういうときだけ抜群の統率力を発揮するのはなぜだろう。振り返り見ると30人の大群が立ち上がり、今まさに行進を開始しようとするところだった。なぜだかわからないが、ドラクロワの「民衆を導く自由の女神」を思い出した

しかしかつりんたちはこいつらをぐんぐん引き離し、とうとう遭遇することなく広河原に着いた。ほっとしたが、これからの長い帰りがたいへんだ。今年は広河原 - 夜叉神が春先の地盤崩落で不通のままなので、帰りはバスを4本乗り継ぎ茅野に出て中央線に乗ることになるのだ。やれやれ。
さて、次の北沢峠行きにはまだ2時間余りある。アルペンプラザで着替えなどを済ませて涼んだりする。すると1時間ほどしてスポ××が到着し、アルペンプラザにやってきた。へへーんだ、ベンチはオレたちのもんだ、譲ってなんかやんねーよ。と勝ち誇っていると、外を散歩していた相棒が血相を変えて飛び込んできた。なんとスポ××も北沢峠行きのバスに乗るという。な、なんだとう。よく見ると、ガイドが握り締めているはバス券の束だった。慌てて窓からバス乗り場を見てみると、いつの間にか長蛇の列が。しかたなく最後尾についた。バスは5台にもふくれあがった。そのうち1台と半分はこいつらが占領し、最後に並んだあほうなかつりんたちは、当然最後尾のバスに乗ることとなってしまった。広河原から北沢峠に向かうほとんどの人 --つまりバス5台分の人たち-- はそのまま戸台口に抜けることは確実だ。北沢峠には仙丈や甲斐駒の登山者もいるはずで、戸台口行きバスがこの人数より多くなることは必至だ。バスが最後尾ということはそれだけ北沢峠に到着するのも遅くなるということで、戸台口行きの列に並ぶのも遅くなるということ。明らかに不利だ。嗚呼。おめーらなんで北沢峠なんだよ。団体なら団体らしくジャンボタクシーでもチャーターして奈良田に抜けろってんだ、コノヤロー!!!

芦安村営バスあらため南アルプス市営バスは淡々と進み、北沢峠に近づいた。ううー、次のバスに乗れるかなあ・・・峠の少し広河原寄りの待避線に、戸台口行き長谷村営バスが2台待っているのが見えた。傍らの運転手は右手を大きく広げてこちらにかざした。口が『5台も!?』と動いていた。こっちは思わず『2台だけ!?』とつぶやいてしまった。嗚呼。悲しみ色に染まったバスはようやく峠に到着した。絶望に打ちひしがれつつ下車して前方を見ると、想像をはるかに超える、もんのすごい列であった。広河原の倍は並んでいた。てことはバスは10台必要なんじゃん。嗚呼。呆然として立ち尽くす。すると戸台口行きバスが大音声でアナウンスしながら入線してきた。
「えー、このバスには乗り切れませんので、JRバス高遠行きに乗り継ぐ方を優先いたしまーす」
うおおおお。すぐさま
「JRバス2人乗ります!!!!」と連呼して乗降口に猛ダッシュした。
助かった・・・
「仙流荘駐車場までのご乗車の方は、ただいまバスがこちらに向かっておりますので・・・」
スポ××は困ったような顔で立ち尽くしていた。今度こそ、今度こそ、あいつらに勝ったのだ!!

バスでは運転手の後ろの席に座った。運転手は他のバスとも無線で連絡をとりながらバスを進めていった。しばらくして峠の待合所と他のバスとのこんな交信が聞こえた。
「えー、こちら峠です。団体さんが早く出してくれと言ってますがどうでしょうか、どうぞー」
「何人ですか、どうぞー」
「××スポーツさん、30人です、急いでいるそうです、どうぞー」
「そうですかー、そう言われてもねー。ま、できるだけ頑張ってみます、どうぞー」
相棒と腹を抱えて笑った。

仙流荘前バス停でほとんどの人が降りていった。仙流荘の広い駐車場には大型の観光バスが3〜4台並んでいた。そして運転手がこちらのバスに近づいてきて、降りてくる客を確かめている。ここで大型バスに乗り換えるツアーも多いのだろう。その運転手のうちの一人が、突っ立ったまま「スポ××おせえなー」とぼやいているのが聞こえた。最後の最後でまたまた大笑いができた。
というわけで、この勝負、途中何度も危ない目にあったが、最後の最後でかつりんが逆転大勝利を飾ったのだった。スポ××登山教室のその後は、知らない。

南ア戦線異常あり・畑薙 - 椹島にて -- センマイジジイ VS かつりん

畑薙第一ダム発、椹島さわらじま行きの東海フォレスト送迎バスは、団体がいたりしたためになかなか乗れず、2度も見送るハメになり、もう14時を過ぎてしばらく経ってしまった。あたりには苛立ちと諦めが入り混じった微妙な空気が漂う。
バスの待合所には登山届提出用ポストがある。バスを待っている間に、それを東海フォレストの職員が回収しに来た。すると単独行のジジイがその職員をつかまえて、いろいろ聞き始めた。
「次のバスはいつ頃来ますか」
「さあ・・・ちょっとわかりませんが」
「さっき出てったバスの運転手は20分待てば来るって言ってたけど、もう20分たっちゃったんですけど」
「ピストンしてますから」
「12時のバスに乗る予定だったんだけど、遅れて今になっちゃったんですよねえ」
「・・・」
それにしても回答に困る質問ばかり繰り出すなあと思い、どうしようもねえヤツに捕まった職員の身の上を哀れみつつも、可笑しさを堪えて聞いていると、なんと
「今日中に千枚小屋に行きたいんですよ」
「・・・(職員、絶句)」
思わず相棒と顔を見合わしてしまった。おい、今はもう14時過ぎてますぜ。千枚小屋っつったら、椹島から標準コースタイム6時間半ですぜ。椹島までこれからバスで1時間かかるんで、小屋到着22時ですかい。一体どういう感覚してんですかね。悪いこと言わないから、椹島に泊まっときなよ。しかし、ジジイの質問は執拗に続く。
「無理かな」
んなこと職員に聞くなよ、わかるわけねえだろ。
「・・・難しいと思いますけど」
「4時間くらいで着かないかな」
いや、だぁからぁ、標準タイムは6時間半だって。今すぐにバスに乗ったとして、椹島まで1時間かかるので出発は15時過ぎ。それからアンタの望みどおり4時間で着いたとしても19時。迷惑考えんのかい。
職員はジジイのこの質問には間髪入れず
「もっとかかります!!」
それ見ろ。4時間で着くわきゃあねえだろう。そりゃあ歩くスピードは人それぞれだし、ものすごく速い人だっていることはいるだろう。でも、こんなとこで、自分が目的地まで何時間かかるかを、自分と一緒に山を歩いたことのない見ず知らずの人に聞くような馬鹿丸出しのヤツが、標準の2/3の時間で歩けるなんて、絶対あり得ない。
「無理かな」
しつけえ。
「二軒小屋ならバスで行けますけど・・・」
「二軒小屋だと方向が違っちゃうんだよねえ」
「この時間ですと、椹島か二軒小屋で泊まる人ばかりだと思いますけど」
「そう・・・」
いい子だから、大人しく椹島に泊まっとけって。
「他の方の様子でも見たらいかがですか」
この人も、『やめろ』ってはっきり言ってやればいいのになあ。
「ああ、なるほど、他にも人がいるからね。じゃ、他の人の様子見て決めます」
ふーん、他の人の動向で行動決めるんだ。相棒と二人、笑いを堪えるのに必死であった。
結局バスに乗ることができたのは15時であった。かつりんたちは列の前から2番目だ。これも2度も見送った賜だ。わーい。
この送迎バスは、3,000円の『施設利用券』を運転手から購入して乗り込むシステム。先頭の女性2人組が購入している最中、後ろの方から脱兎のごとく運転手に駆け寄る人影が。ぬあ、こいつさっきのバカだ。こらこらセンマイジジイ、お前はもっと後ろだろうが。それともまた質問攻めか? 今度は何を聞くというのだ?
「ひとり!!」
おい、買うのかよ!! 運転手は後ろから声をかけられぎょっとした様子。呆気にとられたのか毒気にあてられたのか、言われるままに券を売った。そしてセンマイジジイは、あろうことか、そのまま乗り込もうとしやがったので、かつりんは
「並びなよ!!」
思わず語気を荒げて叫んでしまった。すると
「乗れるからいいじゃない」
かつりんは絶句してしまった。こいつ、イっちゃってるのか? そりゃあバスの定員28人に対して、明らかに20人いないし、全員乗れることは確実だろうよ。でも、だからって列を崩していいのかな? オレは荷物がでかいから、なるべくラクな席を確保したいんだよ。席を選ぶ権利は早く並んだ者に与えられてしかるべきじゃあないのかね?
運転手はさすがに「まあ、そういうわけにもいかんでしょう」とジジイを諭したのだが、するとこやつはびっくりしたように目をみはって運転手を見た。必死に攻めているつもりなのに『指導』を受けてしまった柔道選手のような表情だった。しかしすぐさま気を取り直して、
「ああ、わかりましたよ。どうぞ。どうぞ先にお乗りください」
こらこらチミ、台詞が違うのではないかな? それは、先に乗れるはずの人がそうでない人に順番を譲るときに発する言葉のように思えるのだが? オメーの場合は「すみません」とか「ゴメンナサイ」だろうがっっっ。
やっぱりコイツ、イカれてるんだなーと思いながら二人分の券を買って乗り込み、一番後ろの席に座れて一安心。

しかし、ほっと息をついていると、センマイジジイが乗り込んできて、高らかにのたまったのだ。
「わたしはね、このバスを使ったことあるから知ってるんですよ。全員乗れるんだから誰から乗ったっていいじゃないですか」
宣戦布告ときたか。でも、いい席とれたし、オメーみたいなイカレポンチはもう相手にしない。ちょっとイっちゃってる可哀想なジジイと認定し、無言のままにこにこ頷いて放っておくことにした。我が家の家訓に『バカを相手にするとバカがうつるから、相手にしないこと』という一条がある。
ん、待てよ・・・前に使ったことあるってか? じゃ、どうして、千枚小屋への所要時間を知らなかったんだろう? それに、『知ってる』って、いったい何を知ってるんだろう? ・・・ハッ、いかん、家訓に背いて相手にするとこだった。お父さんお母さんごめんなさい、もうしません。
「運転手が千円札のお釣りが足りなくなって困ると思ってね、わたしが先に千円札3枚で払ったんですよ、なにもあなたを・・・」
ばっかもん、だったら、運転手が足りないっつってから手ぇあげりゃいいだろーが。運転手はそんなこと一言も言ってなかったぞ、それに、オレなんか、2人分で千円札6枚も出したんだぞ!! どうだ、オレのがスゴイだろ!! おっと、いけね、家訓、家訓・・・ かつりんが相手にしないのを見て、哀れなジジイも文句を言うのをやめ、席についた。

1時間バスに揺られて椹島ロッジに着くと、センマイジジイはいの一番にバスを降りたものの右往左往。運転手に「受付はあっち」と指示されようやく受付棟に向かった。教えてもらったのに礼も言わずに無言で。アレ、そういやアンタ、千枚小屋に行くんじゃないの? 他の人の様子見る前に諦めたのか。まあもう16時だし、オメーの目論見どおり4時間歩いたとしても20時、標準だったら小屋着が22:30になっちまうからな。
しかし受付棟に入ってからもキョロキョロしている。宿泊者カードに書き込むんだよ、でっかく書いてあんじゃん。ここ初めてじゃないんだろ? そうか、前に来たときは一気に千枚小屋まで行ったのか、だから知らないんだな。いや、だったら、千枚小屋に4時間で着けないの知ってるはずじゃん。いったいどういうことなんだ? わかった、前は聖沢をピストンしたのか!!・・・いかんいかん、気が付くとコイツのことばかり考えてる。オレはこのジジイを見にここまで来たんじゃない。
翌朝4時、意気揚々と登山開始。今日は中岳避難小屋まで11時間の長い道だ。気合い入れて行こう。千枚岳への道の途中で他の4人パーティとともに休憩しながら世間話をしていると、上の方から声が聞こえてきた。
「すみませーん、千枚岳へはこの道でいいんですかー」
んだよ、地図も読めねーのかい、しょーがねーな・・・っておい!! おまえはセンマイジジイ!! せっかく忘れてたのに、まぁた現れやがったか!! しかも得意の質問攻めで奇襲攻撃かよ!!
「上の方に行ったらね、『二軒小屋へ』っていう標識があるんですよ」
4人パーティはなぜか無言のままだった。しかたなくかつりんが
「地図見りゃわかるでしょ」
「二軒小屋に行く道なんですか」
なーに素っ頓狂なこと抜かしてやがんだ。そんなんで昨日16時過ぎに歩いてたら、遭難してたんじゃねえの。よくソロで山入るよなあ。もう説明するのも面倒だ。4人パーティは誰も答えない。
「二軒小屋行くのは下の林道」(ぶっきらぼう)
「いやぁ、上行ったらね、鉄塔があるんですよ」
もーめんどくせえなー、鉄塔くらいあったっていいじゃねーか。それに、オレのAに次のQが対応してねーじゃん。関係ねえ質問ばっかしてくんじゃねえよ。
「地図見りゃわかるでしょ」(ぶっきらぼう)
あれ、鉄塔なんてわかんないんだっけ。ま、いいや。見かねた相棒が
「上に行けばいいんじゃないかと思いますけど」
「うーん、合ってるのかなあ」
センマイジジイは、やはり礼も言わずにまた登っていってしまった。我々も休憩を終えて再び歩き出す。ややあって標識があり、「二軒小屋方面」と書いてあった。しかし道は狭くあまり踏まれていない感じで、「中部電力」と書いてあるし、電線保守のための道だろう。まああのジジイじゃあ判断はできないだろうなあと思いながらなおも登山道を行くと、しばらくしてから鉄塔が現れた。さっきの休憩地点から30分くらい経ったところだ。おそらくジジイはここまで来て、不安になってあそこまで戻ったのだろう。ま、オレだったら、まだ朝早いし雨が降ってるわけでもないし、下まで降りないで人が来るのを待ってるけどね。しかしここでハッと気が付いた。そう、センマイジジイは歩くのがずいぶん速いのだ、ということに。
この勝負、ひょっとしたら、千枚小屋まで4時間とはいかないまでも、5時間ちょっとで行けるんじゃないかと思える高速歩行術を身に付けたセンマイジジイの勝ちである。
しかし、その後のセンマイジジイの行方は、杳として知れない。