海辺のカフカ新潮文庫 2005年

下巻の途中からはもう「大公トリオ」一色です。百万ドルトリオの「大公トリオ」を探しているのですが、近所の中古レコ屋ではスーク・トリオのものしか見かけません。ネットで試聴した限りでは、自分の好みはスークよりは百万ドルの方です。
ジャズはというと、カフカくんのクライマックスで登場。

デューク・エリントン(上)68ページ

本を読むのに疲れると、ヘッドフォンのあるブースに座って音楽を聴いた。音楽についての知識はまったくなかったから、そこにあるものを右から順番にひとつひとつ聴いていった。僕はそのようにしてデューク・エリントンやビートルズやレッド・ツェッペリンの音楽に巡りあった。

Duke Ellington

Money Jungle

Duke Ellington (p), Charlie Mingus (b), Max Roach (ds)

Ellington といえばもちろんビッグ・バンドだが、ここでは敢えてトリオ作品を挙げてみた。当然、ビッグバンドよりは彼のピアノの特徴がよくわかる。ぴゃらんぴゃらんと弾くのはとても Monk っぽい。ていうか、Monk の方が Ellington の影響を受けたのか。
余談だが、このアルバムのベーシストの Mingus は、自身を Charlie と呼ばれると不機嫌になって Charles と呼べ、とか言っていたらしいが、クレジットが Charlie になってたりして、やっぱり敬愛する Duke さまには頭が上がらないんだ、と思うと笑える。

1962.9.17録音

デューク・エリントン(上)283ページ

それからポーチに座って森を眺め、ウォークマンで音楽を聴く。クリームを聴き、デューク・エリントンを聴く。そういった古い時代の音楽を、僕は図書館のCDライブラリから録音した。僕は『クロスロード』を何度も繰りかえして聴く。音楽は僕のたかぶった気持ちをいくらか落ち着かせてくれる。

Ellington はともかく、Cream の Crossroad 聴いたら、自分だったら余計たかぶっちゃうと思った。

「ハイホー!」(上)303-308ページ

彼が口笛で吹いているのは、ディズニー映画『白雪姫』の中で7人のこびとたちが歌う「ハイホー!」だった。

そのあいだもずっと彼は「ハイホー!」を口笛で吹きつづけていた。

彼は口笛で「ハイホー!」を吹きながら、猫の身体に手を突っ込み、小型のメスで手際よく心臓を切り取った。

ジョニー・ウォーカーは「ハイホー!」を口笛で吹きながら、猫の首を鋸で切り取った。

耳の中で「ハイホー!」のメロディーが鳴り響いている。

口笛の「ハイホー!」。

彼は「ハイホー!」を吹きながら、次の猫を出してきた。

Louis Armstrong

Disney Songs The Satchimo Way

Louis Armstrong (tp, vo) and others

小説の前半のヤマ場というか、緊迫感のある場面で、能天気な曲が響き渡る。
この演奏でも口笛が聞かれる。特に解説がないのだけど、サッチモの口笛だと信じたい。え、サッチモはジャズじゃない? いや、でも、レコード屋でもジャズコーナーに置いてあるんで・・・

録音日時不明

「アズ・タイム・ゴーズ・バイ」(上)467ページ

「まるで映画の『カサブランカ』みたいだ」と大島さんは言う。そして『アズ・タイム・ゴーズ・バイ』の出だしをハミングする。「その曲だけは演奏しないでくれ」

Carmen McRae

As Time Goes By -- Carmen McRae Alone -- Live At The Dug

Carmen McRae (vo, p)

国境の南、太陽の西」でも似たような描写がある。村上春樹お気に入りのシチュエーションなのに違いない。
黒人女性ヴォーカルはほとんど聴かないのだが(10枚くらいしか聴いたことがない)、これは "As Time Goes By" の名演ということで買った。ピアノの弾き語りのライヴ録音ということで雰囲気はたっぷりだ。

1973.11.21録音

スタン・ゲッツ「ゲッツ/ジルベルト」(下)48・49ページ

僕は自分の部屋に戻り、電気ポットで湯を沸かし、お茶を入れて飲む。それから納戸からもってきた古いレコードを順番にターンテーブルの上に載せる。ボブ・ディランの『ブロンド・オン・ブロンド』、ビートルズの『ホワイト・アルバム』、オーティス・レディング『ドック・オブ・ザ・ベイ』、スタン・ゲッツの『ゲッツ/ジルベルト』。どれも60年代後半に流行った音楽だ。

僕は『ゲッツ/ジルベルト』から針をあげる。

Stan Getz / Joao Gilberto

Getz / Gilberto

Stan Getz (ts), Joao Gilberto (g, vo), Antonio Carlos Jobin (p), Tommy Williams (b), Milton Banana (perc), Astrud Gilberto (vo)

言わずと知れたボサノバの名盤。Getz はアルバム中のすべての曲で、ソロもオブリガートも神がかり的に美しい。だからテナーの名盤とも言える。そこいくと Jobim のピアノがなんか平凡に聞こえる気がする。
自分が15才のとき聴いてたのは、デュラン・デュランとかカジャグーグーとかそんなのだった。カフカ君て、なんかすげえなあ。

1963.3.18-19録音

ジョン・コルトレーン「マイ・フェヴァリット・シングズ」(下)302ページ

それからポーチに座ってMDウォークマンでレイディオヘッドを聴く。僕は家を出てから、ほとんど同じ音楽ばかり繰り返し聴いている。レイディオヘッドの『キッドA』とプリンスの『グレーティスト・ヒッツ』、そしてときどきジョン・コルトレーンの『マイ・フェヴァリット・シングズ』。

John Coltrane

My Favorite Things

John Coltrane (ts, ss), McCoy Tyner (p), Steve Davis (b), Elvin Jones (ds)

後にも出てくるが、McCoy の単調なリズムが呪術的な感じでもある。Coltrane は "My Favorite Things" を持ち歌にしているので、他のアルバムでも聴くことができるが、自分はこの初演(?)が一番いいと思う。

1960.10.21-26録音

ジョン・コルトレーン「マイ・フェヴァリット・シングズ」(下)342・343・346・351ページ

僕は沈黙を埋めるために口笛を吹く。『マイ・フェヴァリット・シングズ』、ジョン・コルトレーンのソプラノ・サックス。もちろん僕のたよりない口笛では、びっしりと音符を敷きつめたその複雑なアドリブをたどることはできない。

いつのまにかジョン・コルトレーンはソプラノ・サックスのソロを吹きやめている。そして今ではマッコイ・タイナーのピアノ・ソロが、耳の奥で鳴り響いている。左手が刻む単調なリズムのパターンと、右手が積みかさねるぶ厚いダークなコード。

僕は歩きつづける。ジョン・コルトレーンがまたソプラノ・サックスを手にとる。反復が現実の場を切り崩し、組みかえる。

森の気配はより濃密なものになっている。耳の奥でジョン・コルトレーンはまだ迷宮的なソロをつづけている。そこには終わりというものがない。

長さは13:40ほどの曲。迷宮的なトレーンのソロは12:15あたりでテーマに帰る。Coltrane を口笛で吹いちゃう15才。やっぱすげえなあ。

この小説中に出てくる他の音楽・ミュージシャンなど
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