1Q84新潮文庫 2012年

店頭で偶然見つけたクリーブランドのシンフォニエッタは、いまや愛聴盤となりました。

"It's Only a Paper Moon"Book1(前編)扉

ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になる

有名なジャズ・スタンダードで、手元の「名演! Jazz Standards」というちょっと前の本の人気投票では、この曲は割と上位の第66位となっている。
扉で引用される以上は、作中でなにか重要な役を担っているのではないかと予感させる。

「スイート・ロレイン」、ナット・キング・コールBook1(前編)130-131ページ

バーに入ったのは七時少し過ぎだった。ピアノとギターの若いデュオが『スイート・ロレイン』を演奏していた。ナット・キング・コールの古いレコードのコピーだが、悪くない。

After Midnight

Nat King Cole

After Midnight

Nat King Cole (vo, p), John Collins (g), Charlie Harris (b), Lee Young (ds), Stuff Smith (vin), Harry Edison (tp), and others

村上小説の中でも登場頻度が高い Nat King Cole。で、自分の場合、"Sweet Lorraine" と言えば Nat King Cole のこのアルバムなのだが、そのコピーというのだからきっとこれを念頭に置いているのだろうと勝手に推測。ま、彼は4回だか5回だか録音してるってんだから、他のやつかも知れないけど。でもこのアルバムには、扉で引用された "It's Only a Paper Moon" も入っているのだ。
スタジオ録音ながらもジャムセッションの体のアルバム。作中の若いデュオの演奏も、きっとそんなリラックスした雰囲気だったのだろう。

1956年録音

イッツ・オンリー・ア・ペーパームーンBook1(前編)135ページ

彼女は本を読みながら、カティサークが運ばれてくるのを待った。そのあいだにブラウスのボタンをひとつさりげなく外した。バンドは『イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン』を演奏していた。ピアニストがワンコーラスだけ歌った。

チャーリー・ミンガスBook1(前編)232ページ

しかし学校のクラスの中にディスレクシアの子供が一人か二人いたとしても、決して驚くべきことではない。アインシュタインもそうだったし、エジソンもチャーリー・ミンガスもそうだった。

Mingus

Joni Mitchell

Mingus

Joni Mitchell (g, vo), Jaco Pastorius (b, arr), Wayne Shorter (ss), Herbie Hancock (el-p), Peter Erskine (ds), Don Alias (conga), Emil Richards (per), Wolves

ウッドストックで有名な Joni Mitchell が Mingus に捧げたアルバムで、タイトルもそのものズバリ。Mingus には、"Tijuana Moods" とか好きなアルバムは結構あるのだが、彼の肉声が聴ける CD を選ぼうと思ったらこれになった。え、ジョニ・ミッチェルはジャズじゃない? ま、そう言われりゃあそうなんですけど、メンバーは(オオカミ以外は)ちゃんとしたジャズメンで、しかもビッグネームが並んでるということで。
このアルバムは、ベースが効いていることもあってか、とても Jaco っぽいと思う。ところどころに Mingus の話し声が挿入される。その話しぶりは、普通のお爺さんといった感じだ。ちなみに「"charles mingus" dyslexia」でググっても、彼とディスレクシアとの関連が出てこない。

1978年録音

メル・トーメBook1(後編)52ページ

「それはプラトンだ。アリストテレスとプラトンは、たとえて言うならメル・トーメとビング・クロスビーくらい違う。いずれにせよ昔はものごとがシンプルにできていたんだな」

Mel Tormé は好きじゃないんで、テレビでは見たことあるのだけど、CD は1枚も持ってない。そもそも自分は、男性ヴォーカルはほとんどと言っていいほど聴かないのだ。

ルイ・アームストロング、バーニー・ビガード、トラミー・ヤング、「アトランタ・ブルーズ」、ジミー・ヌーン、シドニー・ベシェ、ピー・ウィー・ラッセル、ベニー・グッドマンBook2(前編)42・43・44ページ

とくに好きなのは、若い頃のルイ・アームストロングがW・C・ハンディのブルーズを集めて歌ったレコードだった。バーニー・ビガードがクラリネットを吹き、トラミー・ヤングがトロンボーンを吹いている。

「ルイのトランペットと歌ももちろん文句のつけようがなく見事だけど、私の意見を言わせてもらえるなら、ここであなたが心して聴かなくてはならないのは、なんといってもバーニー・ビガードのクラリネットなのよ」と彼女は言った。とはいえ、そのレコードの中でバーニー・ビガードがソロをとる機会は少なかった。そしてどのソロもワン・コーラスだけの短いものだった。それはなんといってもルイ・アームストロングを主役にしたレコードだったから。しかし彼女はビガードの少ないソロのひとつひとつを慈しむように記憶しており、それにあわせていつも小さくハミングした。
バーニー・ビガードより優れたジャズ・クラリネット奏者はほかにもいるかもしれない。しかし彼のように温かく繊細な演奏のできるジャズ・クラリネット奏者は、どこを探してもいない、と彼女は言った。

「バーニー・ビガードは天才的な二塁手のように美しくプレイをする」と彼女はあるとき言った。「ソロも素敵だけど、彼の美質がもっともよくあらわれるのは人の裏にまわったときの演奏なの。すごくむずかしいことを、なんでもないことのようにやってのける。その真価は注意深いリスナーにしかわからない」
LPのB面六曲目の『アトランタ・ブルーズ』が始まるたびに、彼女はいつも天吾の身体のどこか一部を握り、ビガードが吹くその簡潔にして精妙なソロを絶賛した。そのソロはルイ・アームストロングの歌とソロとのあいだにはさまれていた。<中略>こんなわくわくさせられるソロは、彼以外の誰にも吹けない。ジミー・ヌーンも、シドニー・ベシェも、ピー・ウィーも、ベニー・グッドマンも、みんな優れたクラリネット奏者だけど、こういう精緻な美術工芸品みたいなことはまずできない」

Louis Armstrong Plays W.C. Handy

Louis Armstrong

Louis Armstrong Plays W.C. Handy

Louis Armstrong (tp, vo), Trummy Young (tb), Barney Bigard (cl), Billy Kyle (p), Arvell Shaw (b), Barrett Deems (ds), Velma Middleton (vo)

Satchmo の代表作ということで、とりあえず持ってはいたけれど、これまでは完璧に聞き流してきたアルバム。ニューオーリンズジャズは、この "Atlanta Blues" くらいのスイング感たっぷりのテンポは好物だけど、スローなブルースなんかは眠くなってしまって自分にはチト退屈なのだ。結局自分は、あまり注意深くはないリスナーということなのだ。
「海辺のカフカ」における「大公トリオ」のくだりに匹敵する、延々3ページにも渡る解説が凄い。確かに、"Atlanta Blues" を心して聴いてみると、Bigard が入ってくるところなんかはとってもカッコいい。「精妙」という修辞がぴったりのソロだと思った。
Goodman 以外の人たちの演奏はよく知らない。Sidney Bechet はソプラノ・サックスの人だと思ってたら、元々はクラリネット奏者だったのか。

1954.7.12-14録音

ルイ・アームストロング、ビリー・ホリデイ、デューク・エリントンBook2(前編)168ページ

ベッドの中で彼と一緒に聴くために、彼女が家から持参したLPレコードが数枚、レコード棚にあった。遥か昔のジャズのレコードばかりだ。ルイ・アームストロング、ビリー・ホリデイ(ここにもバーニー・ビガードがサイドマンとして参加している)、一九四〇年代のデューク・エリントン。

Billie Holiday は好きじゃないんで CD 持ってない。でも Bigard がバックなら、聴いてみてもいいかもしれないと思った。

イッツ・オンリー・ア・ペーパームーンBook2(後編)12,33ページ

「良い質問だ。しかしそのふたつを見分けるのは至難の業だ。ほら、古い唄の文句にもあるだろう。Without your love, it's a honky-tonk parade」、男はメロディーを小さく口ずさんだ。「君の愛がなければ、それはただの安物芝居に過ぎない。この唄は知っているかな?」
「『イッツ・オンリー・ア・ペーパームーン』」

「愛がなければ、すべてはただの安物芝居に過ぎない」と男は言った。「唄の文句と同じだ」

デューク・エリントン、ベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイ、ルイ・アームストロング「シャンテレ・バ」、トラミー・ヤングBook2(後編)113ページ

部屋の床にはデューク・エリントン、ベニー・グッドマン、ビリー・ホリデイといった人々のレコード・ジャケットが散らばっていた。そのときターンテーブルの上で回転していたのは、ルイ・アームストロングの歌う『シャンテレ・バ』だった。印象的な歌だ。<中略>その曲の最後の部分で、トロンボーンのトラミー・ヤングはすっかりホットになって、打ち合わせどおりにソロを終わらせることを忘れ、ラスト・コーラスを八小節ぶん余分に演奏してしまう。

Satchmo の "Chantez les Bas" は前にも出てきた "Plays W.C. Handy" に収録されている。
8小節云々の話は英語ライナーにも書いてある。あまりに自然で間違いとは思えないくらいだが、心して聴いてみると、Young に付き合って他のメンバーが「しょうがねえな(苦笑)」的なノリで演奏を続けているような印象を受けた。昔のジャズは、ちょっとくらい間違えても演奏がよければ本採用しちゃう例が他にもいくつかあって、そういうところも面白いと思う。

It's Only a Paper MoonBook3(後編)375ページ

ここは見世物の世界
何から何までつくりもの
でも私を信じてくれたなら
すべてが本物になる

この小説中に出てくる他の音楽・ミュージシャンなど
  1. Book1 前編
  2. Book1 後編
  3. Book2 前編
  4. Book2 後編
  5. Book3 前編
  6. Book3 後編