Top 浮世絵文献資料館 浮世絵師総覧
☆ ゆうじょ 遊女 浮世絵事典
◯『嬉遊笑覧』下(喜多村筠庭信節著・文政十三年(1830)自序)
(国立国会図書館デジタルコレクション 成光館出版部 昭和七年刊 五版)
◇巻九「娼妓」太夫(162/359コマ)
〝『色音論草子』(寛永廿年板本)たちやすらひてみる時は 賤が心もよし原に 二八ばかりの上らうの
はだには白きうす小袖 うえはさま/\物ずきの 色ははなだのひたち帯 宿と揚屋のそのあひを め
ぐり/\て わが君にむすびあはんと引まはし かふろやり手をめしつれて 町もせはしととおらるゝ
云々 是を太夫と申けり この町なみのならひにて人にいみやうをつくるなり あとに見えけるさふら
ひのいみやうをいへば とられんぼ あれにみへける上らうはかうしの君とと申けり 是をばはしの上
らうと そのくはしきをかたりけり云々
又『吾嬬物語』(これも同時の細見なり)形かたの如くにて 今様をうたひらうゑいし 扇おつとり一ふ
し しほらしく舞たるを太夫と名付 すこし品おとれるをかうしと名づけはしといふ さて又くつわ貧
しくてするわざもかなはねば 端となしおくもあり 然れどもあだし世の きのふ迄時めきし太夫はし
になるあれば はし又けふは太夫となる さだめしのことのさだめなく はかなさよとぞ申ける云々
さて局はいかに これみなはし女郎のうきすまひなり云々 太夫七十五人 かうし三十一人 はし八百
八十一人惣合九百八十七人と記せり 女郎の名 太夫殊なることなし それより次にはよのつねのおも
し名 又何之助何太郎等の男名も多くみえたり 揚代はしるさず 明暦三年 今の新吉原にうつりても
揚代は同じかるべし
『原本洞房御園』に 太夫名目は京都より始る 芸のうへの名なり 慶長頃迄遊女共 小舞乱舞を嗜み
一年に二三度ツヽ四條の河岸に芝居を構へ 能太夫舞太夫みな傾城が勤めしなり 自ら能傾城の惣名と
成けるよし 太夫一日の揚銭三十七匁なり 格子は太夫の次京都の天神に同じ 大格子の内を部屋にか
まへ局女郎より一きは勿体を付る 局に対して紛れぬやうに格子といふ名を付たり 局女郎の一日の
揚銭銀廿匁なり 但寛文年中散茶といふ者出来て揚銭も同く金百疋になる 局の構へやうは表に長押を
付 内に三尺の小庭あり 局の広さは九尺におく行弐間或六尺なり云々 元禄中より局といふことすた
り 惣て吉原の古風古実取失ひたり
『江戸鹿子』(貞享四年の刻なり)太夫は三十七匁 格子は廿六匁 山茶は金一歩(太夫揚代もとのごと
し)局は五匁三匁 その下は銭百文云々
『諸艶大鑑』は貞享元年の草子なるに 太夫揚銭昼夜七十四匁 格子は五十二匁 是は上がたにて天神
といふなるべし 昼計は廿六匁なりと云へり しからば太夫も三十七匁は昼夜の半分なり〟
◇巻九「娼妓」遊女 櫛(165/359コマ)
〝遊女櫛をさすこと天和已来多く横ぐしにさしたり 其ころ常の女は櫛をさゝず『松の葉』あだまくらと
云ふ長歌 しま原の風をいひて 身せば大そで ゆきみじか ひつこきかみや ふたつをり 又二ッ櫛
しどもなく ゆきのすあしの花ふんで云々あるは 貞享ころのさまなるべし 江戸の遊女二ッ櫛をさす
は元禄より見ゆ かんざしはいまだなし 『賢女心化粧』(五)古代は身を拵へ 㒵を作れるを傾城遊女
の風といひしに云々 これ迄とちがひ㒵白粉色とらず 口べにさゝず云々 江戸の遊女かんざし多くさ
すことは明和の頃とみゆ 『原武雑記』に 昔は紅粉おしろいをむさきこととし云々 櫛はあしだの歯
のごときを二三枚かんざしとて 色々もやうをしたる七八本さし散し 祭に売ありくたしやら弁慶の人
形やら見わけがたし 天気の能日も下駄がけ云々〟
◇巻九「娼妓」すあし(165/359コマ)
〝すあしは天和ころと見えたり『色道大鑑』に す足を本とすといへれど 其頃は足袋をはきしなるべし〟
◇巻九「娼妓」遊女の数(166/359コマ)
〝享保五年の『丸鑑』に散茶女郎ばかり二千人に近しとあれば其他準へて知るべし 天明六年 遊女禿す
て二千二百七十余人 享和の初 三千三百十七人 文政八年三千六百人(此時男芸者二十人 女げいし
や百六十人ばかりなり)〟
◯「川柳・雑俳上の浮世絵」(出典は本HP Top特集の「川柳・雑俳上の浮世絵」参照)
〝六片ずりの女郎だけ美しい〟「柳樽27」寛政9【続雑】注「六色の錦絵」「二朱六片で昼三」
〈昼三は吉原最高位の遊女、揚代が金三分。金1両=4分=16朱。2朱6片の12朱は3分に相当〉
◯『塵塚談』〔燕石〕①281(小川顕道著・文化十一年成立)
〝新吉原遊女衣服の事、延享、寛延の頃は、紗綾、縮緬、羽二重を着し、中の町へ出る、これを道中とい
ふ、衣服も品々ありて、毎日取替着し、同じ衣類は決して着ざりしと也、扨、多葉粉を少しづゝ紙につ
ゝみ、禿に数多く持せ、茶屋にて一服のみ、残りは其儘茶屋に指置て立也、立寄茶屋毎に左の如し、故
に中の町茶屋共、右多葉粉にて、一年中、多葉粉求る事なしと也、然るに、遊女共、三四十年以来、羽
二重、紗綾等は更に用ひず、錦繍の如き美服を着る事に成ぬれど、たゞ一つにして、中の町へ出るに、
毎日同じ物を着し、着替は一つも持ざる由也、たばこなども高価の物を用ゆれど、少しも人にのまする
事なし、時勢の然らしむる人情、斯いやしくなれり〟
◯『甲子夜話 三編5』巻六十一 p176(松浦静山・天保十年(1739)記)
〝諸国売女の方言
◯下総 船橋 ・八兵衛(はちべえ)
◯武州 川越 ・這込 (はいこみ)
◯中仙道【桶川宿熊谷宿】・から尻
◯上野 高崎 ・おしくら
◯上野 妙義 ・からさし
◯下総 銚子 ・提重 (さげぢゆう)
◯相州 小田原 ・貘【当時飯盛トナル】金蒔絵・銀蒔絵【蓋、一歩二朱の別を謂なり】
◯信濃【松本信濃】 ・針箱 (はりばこ)
◯同国 飯田 ・二百蔵(にひゃくぞう)
◯越前 敦賀 ・干瓢
◯越中 富山 ・紅蕈 (べにたけ)
◯越後 糸魚川 ・二百三文
高田 ・さわり
長岡 ・鼈(すっぽん)・おは女(め)
柏崎 ・のゝ子
出雲崎 ・鍋(なべ)
三条 ・土台石
寺泊 ・手枕
新潟 ・【かるしり・ごけとも云】
新発田 ・蛮瓜(かぼちや)
◯加賀 金沢 ・当しやう
◯能登 七々尾 ・二八
◯佐渡 ・水銀(いずかね)
◯出羽【庄内酒田】 ・おこも上・のれん下・なべ下
米沢 ・半棒(はんぼう)おけさとも云
◯同国 秋田 ・菜葉(なのは)
◯陸奥 会津 ・印刷
◯同国 津軽 ・【けんぼう・さんぶつ】
◯同国 松前 ・がのじ
◯同国 南部 ・おしやらく
◯房州【小湊舟方】 ・【おてんげん・うし】
◯【伊豆相模】両国とも ・うしと云
◯尾張 名古屋 ・百花(もか)
◯伊勢路 ・おじやれ
◯勢州 鳥羽 ・はしかね
櫛田 ・出女房
◯近江 彦根 ・そうぶつ
八幡 ・畑菜(はたけな)
◯丹後 宮津 ・糸繰(いとくり)
◯因幡 米子 ・綿繰(わたくり)〟