Top 浮世絵文献資料館浮世絵師総覧 ☆ よせ 寄席浮世絵事典 ◯『明和誌』〔鼠璞〕中p197(青山白峰著・明和~文政迄の風俗記事) 〝〈享和の頃〉寄 といふて、女浄瑠璃、おとし咄、八人芸、昼夜とも町々にあり。無益の銭遣をするなり〟 ◯『増訂武江年表』2p203(斎藤月岑著・明治十一年成稿) (「慶応二年(1866)」記事) 〝三月、南伝馬町三丁目東の横町に住する救火(ヒキシ)傭夫(ニンプ)の頭と唱へし金太郎(町火消せ組の鳶頭 なり)といふ者、近頃世に行はるゝ寄せ場 といふを開き、家号を佐の松と称へ、間口十一間半奥行九間 余舞台四間余、三方二階桟敷を構へたり。歌舞妓狂言を催し、俳優は少年の男子にて十七、八歳より十 二歳を限りとし、又年わかき女子も交り、各無言にして浄るり語りの詞により口を動し、物いふさまし て芸をなす。世に綽名して活人形と云ふ。江戸第一の大寄(オオヨセ)と称して、見物日毎に群集しけるが、 制度に触るゝ事ありて三月の末興行を停められ、罪科に処せられたり(俳少年は駒雀、玉子、駒次郎な どいふもの上手分なり)〟