Top             浮世絵文献資料館            浮世絵師総覧             ☆ わたぼうし 綿帽子           浮世絵事典  ◯『塵塚談』〔燕石〕①287(小川顕道著・文化十一年(1814)成立)   〝綿帽子売の事、我等若年の頃は、瀬川帽子、船わた帽子、其外流行の帽子を売歩行ける、これもいつか    絶て、近年帽子売なし、帽子売の来りし頃は、武家の婦女、礼服には勿論、他行の節はかぶりけるが、    近年帽子を被る女さらに見へず、諸侯の奥方、他行の時は、供の女帽子を用る家多し、又一向宗門の婦    人、角かくしとかいふて、綿帽子に似たる者を、寺参りには必被る事、是綿帽子の遺風なるべし〟    ◯『街談文々集要』p130(石塚豊芥子編・文化年間記事・万延元年(1860)序)   (文化五年(1808)「綿頭巾流行」)   〝文化五戊辰の冬頃より、頭巾のかわりに綿ぼうしトいふものはやる、形(図あり)かくの如し、船底の    様にて両端細、あたまへ冠り、襟りより廻して前ニて〆る、色ハ黒・萌黄・紺などなり、価ハ弐匁五分    より三匁四五分位迄、其後紋羽ニても拵へ初めしなり。    肩襦袢といふもの流行す、両袖を筒にして乳の当りニて、牡丹〆なり、下品なる物にて、中より以下の    用ゆる物なり。図、左の如し。(図あり)    木綿さらさ抔ニて仕立ル、寒からぬを第一トする也、その頃戯れ哥ニ、      世の中は綿の頭巾に肩襦ばむ下ハひゆれど上はあたゝか〟    ◯『宝暦現来集』〔続大成・別巻〕⑥28(山田桂翁著・天保二年(1832)自序)   〝綿帽子売、安永初め比迄、昔しより正月初より二月末迄、売歩行たるもの也、小さなる革籠を脊負て、    綿ぼうし/\と声を引て売たり、共比迄は武家町人の差別なく、女子一人も連たる人は、此ぼうしを冠    りて年始に出たるもの、いまに富家町人には適には見へけるが、其外にはさらになし、都て田舎には此    例残りて、折々長百姓には見へけり〟