◯『浮世絵』第参拾貳(32)号(酒井庄吉編 浮世絵社 大正七年(1918)一月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝「古版画趣味の昔ばなし」淡島寒月(16/26)
(明治初期)浅草の松山町に、我楽堂といふ骨董店があつて、其処に、古い細絵の類を多く陳列したこ
とがあつて、追々に古い版画や古書に対する趣味高尚が、世間に普及するやうになつて来たのである。
其の時分、東京で名高い古書店で、私のよく買ひに行つたのは三久、京常、其の外、淡路町の斎藤とて
吾々同行者間ではバイブルと綽名を付けて居つた店、それと其の頃藤堂前(和泉町)に居つた今の好古堂
などである、京常は、主に軟文学に関する古本を取扱つて居つた店で、嘗て久保田米僊氏が、此の店で、
オランダ絵を一枚一銭宛で買つたことがある、其の頃は、新に流行し始めた万国覘からくり眼鏡の看板
に、司馬江漢等の銅版画で、今ならば珍品として騒がれる程のものを、惜し気もなく使用して居つた時
代であるから、オランダ絵の安価なことも さまでに驚くには足りないのである。
古書の方面について尚ほ一二話して見ると、或る時関根只誠氏が、劇に関する古書を、又、大久保紫香
氏が、黄表紙類の蔵書を沢山、一時に売払はれたことがあつた、是等は鳥吉といふのが取次いたので、
当時私も可なり多く買入れたのである、其の後、たしか明治二十二年頃であつたかと思ふが、故あつて
私は此の種の蔵書を全く売払つたことがあつた、当時の価(ね)は蒟蒻本(こんにやくぼん)一冊が平均二
銭乃至五銭であつたやうに記憶して居る〟
〈蒟蒻本とは洒落本。なお「こんにゃくは体の砂払い」というコトワザから「砂はらい」とも云う〉