Top 浮世絵文献資料館 浮世絵師総覧
☆ うきよぶくろ 浮世袋 浮世絵事典
☆ 文化十年(1813)
◯『骨董集』岩瀬醒(山東京伝)著・文化十年成〔大成Ⅰ〕⑮380・408
※半角(かな)は原文の振り仮名。全角( )は本HPの補記
〝浮世袋(うきよぶくろ)
或人、古老の説なりとて語て云(いはく)、幼(おさなき)女子針業(はりわざ)をならふ始に、「浮世袋」
といふ物をみづから縫て玩物(もてあそびもの)とす。絹を三角に縫、綿を入れて袋めかして、上の角に
糸をつくる。何の用なき物なれども、唯針業をならふ為にするなり。昔は遊女(あそび)にたはぶるゝを
「浮世ぐるひ」といひしなり。あそびの家の前に柳を二本(ふたもと)植て、横手を結(ゆひ)暖帟(のう
れん)を掛、これにあそびの名をかき、其下にかの袋めく物をみづから縫ひつけしなり。「五人娘」(貞
享三年板)巻之一に「浮世ぐるひ」ということあれば、貞享の比(ころ)までもいひたることばなるべし。
又巻之三に「浮世笠」というあり。「一代女」(貞享三年板)「浮世髻(うきよもとゆひ)」、「卵子酒」
(宝永六年序)「浮世巾着(うきよきんちやく)」などいふ名目見えたり、同じ類(たぐひ)ならん。
「粟島」といふ踊歌の文(ことば)に、をれ針・くゝ猿・うき世袋・雛形、とならべいふにて、今粟島の
神に手向(たむく)る三角の袋めく物は、則(すなはち)「浮世袋」なることを知りぬ。これ謳歌の説をと
るおこ(愚か)なる考と、我ながらをかし。粟島の神を女神と謬(あやま)るより、童女針業に達する願
ひをかけて、浮世袋を手向るにやあらん〟
〈「淡島(粟島)神社」は、安産・子授け祈願、婦人病平癒、裁縫の上達など、女性に霊験あるスポットとして知られる。
「浮世袋」はその願掛けアイテムとして重宝されたようである。「謳歌の説」とは世間のうわさ(俗説)の意味〉
〝浮世袋再考
底たゝく浮世袋や年の暮 要西(『沙金袋』山本西武選 明暦万治ノ頃刻)
此句をもてふたゝび考るに、「浮世袋」は幐(きんちやく)のたぐひなるべし。「秋斎間語」に云、昔太
刀につけし火打袋を三角に縫(ぬふ)ゆゑに、紙子に火打の名あり。此説によれば、三角に縫たる火打袋
ありしにや。「浮世袋」も三角に縫たる火打袋の遺制にて、「浮世ぐるひ」する輩、これをもはらおび
たるゆゑに、しか(然)名づけたるならん。「卵子酒」(宝永六年著)巻之三に、昔九軒町の繁昌したる
事をいへる条(くだり)に、禿(かぶろ)が「浮世巾着」といふ物をおびたるよしをしるせり。これも「浮
世袋」と同物にて、後にはしか(然)も称(となへ)しなるべし。昔遊女の家の布簾(のふれん)に、「浮
世袋」をつけしといふは、此図のごとくのふれんの縫留に、紫革にて三角の形の物をつけたるが、浮世
袋の形に似たるゆゑ、これをもしかいひしなるべし。古画にもかくの如きのふれんをゑがきたるがある
よし。堺の乳守にては、近き世までものふれんの縫留に紫革をつけしとなん。(中略)
昔はすべて当世様(たうせいやう)をさして「浮世(うきよ)」といひしなるべし。これも古きことにや。
能の狂言のきんじむこといふに、舅のいへる言(ことば)に「やい、くわじや(冠者)、婿どのはうきよ
人(じん)じやによつて、云々(しか/\)」といふことあり。これ当世人(とうせいじん)といふが如し。
岩佐氏を浮世又兵衛といひしも、当世様(とうせいやう)の人物を画きたるゆゑならん。
又案(あんず)るに、貞享の比かける物の本に「浮世笠」あり。「雍洲府志」(貞享元年)に「浮世御座」
あり。江戸室町の横町を「浮世小路(せうじ)」といふも、昔浮世笠・浮世御座などをもはらに売しゆゑ
の名にはあらずや。今のそのたぐひの商人あればなり〟
〈地守は大坂堺の遊郭街。狂言「きんじむこ(近仕聟?)」は未詳〉