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☆ うじがわかっせん 宇治川合戦 浮世絵事典
☆ 嘉永二年(1849)
◯『藤岡屋日記 第三巻』p523(藤岡屋由蔵・嘉永二年記)
「嘉永二己酉年 珍説集【七月より極月迄】」
〝(七月)通三丁目、遠彦より盆後出ル、
宇治川合戦佐々木先陣
実ハ阿部豊後守、大川渡り三枚続、
ほめて計り有て、一向ニうれず〟
〈遠彦こと遠州屋彦兵衛板元の一勇斎国芳画「宇治川合戦」であろう。表向きは佐々木四郎高綱の一番乗りだが、実は
「阿部豊後守、大川渡り」を擬えたと読んでいるのである。「阿部豊後守、大川渡り」とは、三代将軍家光の治世、
大川(隅田川)が氾濫を起こした時、対岸江東の地の視察を命じられた旗本・阿部豊後守が、濁流を渡りきって報告
したというもの。現在、旧安田庭園内にある「駒止め石」は、その時、阿部豊後守が愛馬を止めた石だとされている。
それにしても、何に基づいて、この佐々木四郎を阿部豊後守に見立てたのであろうか。また「ほめて計り有て」全く
売れなかったというのだが、これは寓意不足で、江戸っ子にはものたりないという意味であろうか。ところで「七月
五日、今六ッ半時前御供揃にて、大川筋被為成」(p479)と云う藤岡屋由蔵の書留がある。この「宇治川合戦図」
は、この将軍家慶の大川お成りと関連づけようとしたのであろうか。売りだしは「盆後」とあるから、七月下旬〉
「宇治川合戦」 一勇斎国芳画