◯『絵本風俗往来』中編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝(五月)梅雨(26/133コマ)
梅雨(ばいう)に成ると間もなく、梅干の梅の実を売り来たる声市中にひゞく、梅雨は年々陰晴定まるこ
となく、衣類の洗濯物を干すかとすれば、又雨降り出す傘の干(かは)けることなく、湿気に堪へかね、
焚き物をふすべて、湿気を払ふなど、扨(さて)又蚊の早く湧き出づる場所は、其の以前より夜毎に蚊帳
をつらざるはなく、又此の入梅の前後より蚊の出づること増長せり、又霖雨中は暑冷相定まることなく
季候の不順実に甚だしかりき〟
〝(五月)雨後の風景(31/133コマ)
驟雨(ゆうだち)雷鳴相止むと均しく、今まで軒下に佇立(たたずみ)て雨やどりせし人々、漸く東西に散
じ、一時途絶へたる通路も再び人と車の往来繁く、夜なれば一天雲吹き散じて、月色雲のすき間より照
り、家内の坪庭(には)・植ごみの樹竹水気したゝり、岩石の間なる下草は地にふし、飛石の面(おもて)
は清く洗はれ、吹き送る風のすゞしく、已に苦熱を流し去りて心よく、白昼にありては林間の蝉の声再
びさわがしく、夜間にありては蝙蝠の飛び交うもをかしく、此の如きこと夏の炎暑中、屢次(しば/\)
あることなりき〟