Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ とよひな とみもと 富本 豊雛浮世絵事典
 ☆ 文政元年(1818)    ◯『甲子夜話5』巻之八十六 p62(松浦静山著・文政二年(1819)記)    (文政元年十月七日の大火に焼失した松浦家所蔵の品目)   〝戯画 一幅    大幅なり。此画は十余年前浴恩園の筵中、その夫人〔加藤氏〕予〈松浦静山〉が先年の旧事どもを尋ら    れて、君嚮(サキ)に豊雛と云へる歌妓を召したること有りと聞く。委く其状を語り給へ。予笑て、何(イカ)    にも言の如し。過し年江都在勤の御允を蒙し頃なりし。今の侍従津軽越州、柳班にて有りしとき、備前    支侯前田信州〔退老して号清閑斎〕と屢々相会して、席の事、御番所のことなど議論し、談畢れば時と    してその少婦を呼て、宴興を助けたりと答へぬ。然るに他日又園の集会に夫人一幀を携(タヅサヘ)〔風流    画工歌川豊国の所描〕、予に示て曰く。是先年侯家の図なりと。予展(ノベ)て視るに、上に予が青年の    肖図し、妾婢数員左右にあり、下に豊雛が姿を描けり。予黙て拝す。時に某閣老坐にあり、戯(タハムレ)に    言ふ。此図珍重せられんこと推察す。速に裱褙を加へられよと。予時に既に隠退。固より憚る所なし。    迺(スナハチ)諾して退き、遂に裱褙し、他日前客の会集ある時を竢(マチ)て、往て宴中にこれを披呈す。坐    席皆嬉観笑楽す。その前、予外函を造り、銘に張九齢が詩を題す。曰      宿昔青雲志 蹉跎白髪年、誰知明鏡裏 形影自相憐    〔河三亥に銘じて書せしむ〕蓋(ケダシ)窃(ヒソカ)に諷意を寓せり。主侯視て粛然たり。思ふに、予が在職    の頃は、侯も亦春秋鼎盛なりしが、旧事に感ぜられしや。是一時の戯と雖ども、灰失するは憾なきに非    ず〟    〈「浴恩園」は松平定信自ら造成した庭園。「豊雛」は富本豊雛。難波屋おきた、高島屋おひさと共に寛政の三美人と     称えられた芸者である。歌麿の錦絵で知られるが、初代豊国もその美貌を写生していたのである。寛政四、五年頃の     作画であろうが、惜しいことに、文政元年、灰燼に帰したのである。箱書の「河三亥」は書家の市川米庵〉