◯『宴遊日記』(柳沢信鴻記・安永六年(1777)日記)
〝四月二日 とんだ霊宝と織出したる見せ物を見る、人叢分かたく木戸込合ふ、干魚・貝物等にて三尊弥陀
・不動・役行者・鷹・龍・虎等を作り、細工趣向感ずるに堪えたり〟
◯『半日閑話』〔南畝〕⑪415(大田南畝・安永六年(1777)四月記事)
〝とんだ霊宝
先月頃より両国橋広小路にてとんだ霊宝のみせ物大流行す。
細工物宝物目録 細工人 鯰橋源三郎
古沢甚平
三尊仏
尊体飛魚、頭くしがい、後光ひだら、後光仏とこぶしの中にごまめのあたま台座吸物わん
不動明王
頭はさゞひ、顔はさけのあたま、手足体ともさけの塩引、御衣はひだこ、けさはこんぶ、剣はさしみ
庖丁、ばくの縄はつるしなは、かゑんはかまくらゑび、岩座はさざひ、あわび
役行者
頭手足とも干大こん、御衣わかめ、ひげはところの毛、御袈裟かぶり物はかんぴやう、しやくぜうは
するめの足、」あしだは氷こんにやく、岩はからざけ
後鬼
頭よりはら迄かまがしら、手足はきす、こしまきはしゐたけ、おびはかんてん
前鬼
かまくらゑび、こしまきは椎たけ、よきはいかいじやくし、だいはからざけ
右の外しげゝれば略す
目録【みせ物場にて是をうる】開帳飛だ霊宝略縁起【焉馬述、本所相生丁大工和助事也】
右、両国に三ヶ所、山下に二ヶ所出来る
狂詩云
昔聞巡四国 佐次作猿帰 今看巡両国 霊像為魚飛〟