Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ どうぼり 胴彫り浮世絵事典
  <彫師(板木屋)の役割分担>    A 文字彫(筆耕彫)(書物問屋があつかう儒仏経典・史書などの古典の彫刻)      (彫工が修行するには文字彫から入る。文字さへ彫れると画もまた彫れるという)    B 絵(画)彫(読本・摺物・大錦・合巻の彫刻)      別称:大錦屋、合巻屋(上掲のうち大錦・合巻の彫師を篆刻家はこう呼んでいた)      〈篆刻家とは「鉄筆を業とする仲間」〉     1 頭彫の仕事分担       ①顔と生え際の毛割       ②櫛笄簪などの装飾品〈下掲石井研堂によるとこれは胴彫りの分担とする〉       ③女の髪の毛がき(通し毛)       〈下掲石井研堂によると「頭の毛筋の長く通るを通し毛といふ」具体的には「水にぬれた毛、幽霊の毛、振り乱し        た毛」とある〉     2 胴彫の仕事分担       ①衣服の線       ②衣服の模様       ③背景の風景や屋台引       ④文字や図様のないところを浚って凹面にする     錦絵(多色摺)の場合、以上に加えて次のような分担がある     3 色彫 色板の彫り  ◯『浮世絵と板画の研究』(樋口二葉著・昭和六年七月~七年四月(1931~32))    ※ 初出は『日本及日本人』229号-247号(昭和六年七月~七年四月)   △「第三部 彫刻師」「四 文字彫と絵彫」p137-8   〝彫刻には文字彫または筆耕彫というのと画彫との二ツがある。文字を彫る者は専門に文字を彫り、画を    彫る者は画ばかりを専門に彫つて居るやうに思ふ。(中略)    錦絵を彫るのも読本の挿画を彫るのも、同じく絵を彫る画彫に違ひないが、錦絵や合巻ものゝ絵を彫る    のは、斯業者間には画彫の名は与へなかつた。彫師と云ふ名称も附せず、あれは大錦屋だと云つて、彫    工の内でも下位に置かれて居たのである〟    〈書物問屋が出版する儒仏史書等に関わる彫師と、地本問屋が出版する錦絵や合巻に関わる彫師とは、同じ彫師であり     ながら明確に区別されていたようである〉   △「第三部 彫刻師」「七 頭彫と胴彫の分業」p147※ここでの(よみかな)(漢字)は本HPが施したもの   〝大錦屋の彫工には(中略)頭彫と胴彫りとがあつて、頭彫りは頭部ばかり即ち顔面から毛髪の一局部を    彫る者で、其の他の処に刀を下すことはせぬのだ。同じ頭の中でも女の髪には種々装飾がある。櫛であ    るとか笄(こうがい)であるとか乃至(あるいは)釵(かんざし)などの類があるが、此の装飾物に対して頭    彫りの責任がない。夫れ等の処は遠慮なく残して置いて、金輪(際)刀を降すもので無いのである。是れ    等は胴彫りを引受けて彫る職業者の管轄範囲に属するのだ。胴彫りとは云(へ)ど必ず胴ばかりを彫るの    で無く、頭以外の処を引受けて彫るので、絵その物の全局に就ては最も多き場面に刀を耕し、最も多い    労力を費して仕揚げて居るのである。又この胴彫りと云れる中にも単に人物の身体を彫るのみでない。    背景も彫れば屋台引きも彫る、手廻りの道具も彫れぱ色板も彫るのだから、頭部を除くの外は皆胴彫り    方の手数を要する〟    〈錦絵や合巻の彫りには頭彫りと胴彫りとがあって、頭彫りは頭部の顔面と毛髪のみ、胴彫りはそれ以外のすべてと、     それぞれ役割分担が決まっていた。分担は技術的な能力によって分けられ、上位のものが頭彫りを下位のものが胴彫     りを担当する。そしてこれがさらに細分化されていて「四 文字彫と絵彫」の記事(p139)にはこうある〉   〝頭彫りにしても、実際に手腕を有する頭彫りは顔と生際の毛割より彫らない。髪の毛、殊に女の髪には    種々の装飾物があるから、之を彫る者がある、又女の髪の毛書「通し毛」ばかりを得意で彫つたと云ふ    者もある。胴彫りにしても衣紋の線を彫るものは線ばかりに刀を入れ、模様を彫るものは模様ばかりを    彫り、背景の景色に屋台引き等を彫るもの、また浚ひと云つて彫刻しない分を鑿でコツ/\浚ふものも    ある〟    〈頭彫りの専門分野 1 顔と髪の生え際の毛割り 2 櫛笄簪等の装飾物 3 女の通し毛(毛筋)       胴彫りの専門分野 1 衣服の線 2 衣服の模様 3 背景(家屋内外)の景色               4 文字や図様のないところを浚って凹面にする     生業の支えである職域をお互いに侵さないようにするためであろうか、分業が徹底している。さて以上のなかで、彫     りの技術的最上位にあるものが頭彫り1の顔と髪の生え際の毛割りを担当する。ここが錦絵彫師の頂点なのである。     ここであらためて彫師とその仕事分野を整理すると以下のようになる。      文字(筆耕)彫師:書物問屋があつかう儒仏経典・史書・古典の文字      絵彫師:絵本・読本の口絵挿絵      大錦屋:錦絵・合巻の口絵挿絵     彫りの技術上の優劣は別として、どうやら彫師としての格はこの順番であったらしい。加えて大錦屋の場合は、技術     上の優劣に応じて、頭彫り・胴彫りに分類され、さらにその頭彫り・胴ほりも上掲のように、仕事が細分化されてい     る。錦絵の彫師の頂点である頭彫り、取り分け「顔と髪の生え際の毛割り」の領域に達するためには、越えねばなら     ないハードルがたくさんあるのである。     ところで、その錦絵の場合、その彫りがどのような分業体制になっているのか。前出「四 文字彫と絵彫」の記事(p139)     で見てみる〉   〝大錦などにでも書入れのある文字、絵の標題ぐらゐの簡単な物であれば、一々字彫りの手に掛けないで    彫つて了つたが、戯作者が署名して書入れたものや、絵に就ての種々の説明を少し長く書いたものに成    と、文字彫の手に渡つて其の部分を彫らせるから、文字彫、顔(ママ)彫り、胴彫り、色彫り即ち色板を彫    るもの、一枚の絵を彫揚るに少くとも三人四人の手に掛つて居る(中略 しかも頭彫りや胴ほりは上掲    のようにそれぞれ1~3および1~4の役割分担があり、それに応じた彫師が配置される)    一枚の絵が墨板となり、校合摺を画工の所へ送るまでに、七八人の手で捏ね廻され漸(やう)やう出来、    色ざしが成ると、今度は色板を彫るのだが、之れにも亦た三人以上の手は要する事になる。一寸と考へ    ると彫工と云へば顔も手足も胴も模様も背景も、皆一人の手でちよこ/\彫揚るやうに、雑作なきもの    ゝ如く思へるが、中々其様ちよつろかな(ママ)訳に往くもので無い〟    る〟