◯『【寛保延享】江府風俗志』(『近世風俗見聞集』第三所収 )
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝 子供の手遊は、浅草堺町、芝神明抔(など)多き所にて、一枚絵双紙はりこ人形土人形等也、一枚絵は丈
長厚紙にて、多く武者絵、彩色砂箔置、黒き所は漆絵とて黒光也、芝居役者の絵は稀なる事也、本も赤本
とて金平地獄廻り、鼠嫁入、花咲ぢゝ抔、かなのよみ本はから紙表紙にて、五すいでん或は牛若十二段抔
のやう成類にて有し、人形は下りの赤塗鋸(おが)くず煉、同猿の子持又はちいさき木地猿、土人形女□等
一文、首大成るは青色の悪公家、のろまの首などにて、今の如き結構成手遊はなかりし也、堺町浅草には
下りの遣ひ人形有り、是は上物なれ共、今の目にては、甚麁相成事にて有し、尤も大名方の出遊は、木地
人形ぬり立に金箔上彩色、はだか人形猫狗等、けし人形小豆程にて、金箔仕立のいかにも念入たる細工有
し、今に替らぬは猿の水車、赤もよふの経木作りの小き傘のみ、扨今の大き成起上り小坊主(こぼし)、安
永の頃より次第々々大きく成しは、扨々手遊とは云がたし、況や近年男根のはりこ、扨々驚入不遠慮、是
を調あてがふ親。何といふ心ざしにて有しやいぶかしゝ(中略)
又びいどろも寛保延享迄は、手遊の小徳利のみにて、色ももゑぎと黄白計にて、甚うすきびゐとろにて
有し、夫より宝暦頃びゐどろ師万右衛門と云者、初て紫色を吹出し、段々と細工に多く成て、今は渡りに
もおとらぬ事となりぬ〟
◯『宝暦現来集』〔続大成・別巻〕⑥141(山田桂翁著・天保二年(1832)自序)
〝寛政三年六月迄は、夏になると盆太鼓迚(トテ)、手遊を売来る、さし渡し五六寸位に、竹の輪に西之内紙
にて張り、阿膠を引あやしき公家の絵を書、持所を長さ五寸程の柄を付、箸にて打ながら、盆太鼓々々
々と云ふて売来しが、其後さらに不来、一ツの価十文十二文位に売けり、是を女子ども盆歌を唄ひ歩行、
町に音頭の子供打歩行、手を引合ふて譁(ヤサ)しき物なりしが、今の子供は手を引合て、歌は唄へど物あ
らく、兎角喧嘩好むやうにて、悪口など云ふて、女子遊びとは見えず、男童べの遊びに似たるものか〟