◯『寐ものがたり』〔続大成〕⑪40(鼠渓著・安政三年(1856)序)
〝田舎(デンシヤ)と云る男、さそくのよき男にて色々の事を案ジ一枚画に出し流行らせる。或時、三組の盃
といふ物を拵へける。是は、当世に名高き文人、其外碁・将棋・絲竹の道迄も撰み、其内最モ達したる
を三人ヅヽ出しけり。仮令ば、狂句師祖山・株木・縫惣などゝ撰しなり。三箱元より田舎と善(ヨ)かり
しが、三組盃ニおのれが名をのせざるを憤り、さま/\に誹謗せしを、田舎きゝて笑居しが、又或時、
田舎工夫して神仏相撲図といふものを出したり。三途川の姥 四ツ谷 と翁稲荷 四日市 とすもうをとり、
其外の流行神は皆たまりニ扣居る、その中に呼出し奴、うしろ向の図に(四角に「ハコ」の字を配した
紋様図あり)かやうの紋を付しは三箱とみへたり。扨、上の処角力取組の如く筆太に書しは、世に憚る
事を隠してそれと知られるやうにせし也。譬ば、遠近山【北町奉行遠山也】三ツ柏【南町奉行牧野】。
田舎、三箱の許へ来り、此絵はいかにと言て一枚与へける。三箱見るより、その趣向には頓着せず、只
わが姿のありしを見て大きに悦、是は必流行べしといふ。神仏の角力になんでわが身の這入しや、一円
わけもわからず、たど錦絵に出たるを悦びけるもおかし。
田舎、右の絵のことにつき、奉行所ぇ呼れ、神仏角力と申絵を出せしは其方なるやと御尋、私なりと云。
遠近山とはいかなる訳ぞと尋られ、都て加様の品は遠近ニ張りませんければもうけに相成ませぬ故、其
縁起にて遠近山と為書候也といふ。然ば三ツ柏とはいかに、恵比寿さまの紋所なりと答ければ、馬鹿者
めが、あれは蔓柏だぞと言て叱れたりと、田舎笑ながらかたりき〟
〝三箱(サンハコ)は三田通り新丁、已前は箱屋なるよし。名は伊三郎、異名を達磨といふ。刺(ママ)髪して自
ら座禅堂といふ 狂句師又モノハの点者なり〟