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☆ たるころ 樽転 浮世絵事典
◯『絵本風俗往来』下編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)
〝豊嶋屋の樽の曲ざし(102/133コマ)
神田鎌倉河岸なる酒店・豊嶋屋十右衛門に召し抱への樽転(たるころ)と呼べるものあり、樽転は豊嶋屋
のみにあらず、酒問屋には何れの店(たな)にも召し抱へのあるものとす、されば新川辺には尤も多し、
樽転は酒樽の船積み・河岸上をなすものにて、膂力勝れたる上に樽の扱ひに熟達せしかば、四斗樽を扱
ふこと恰も鞠の如し、当時浅草米稟(蔵米)なる小揚げ人足の米俵を扱ふ(こと)、深川木場なる材木商が
材木を扱ふ等は、いづれも其の熟達の茲に及びしかと驚くばかりなりける、就中豊嶋屋の樽転等(ら)、
日々店前の河岸より酒樽を揚げ卸しをなすこと数百樽に及ぶに、日暮毎に残りし酒樽七、八箇を数十人
相互いに曲持ち・曲指しを試(こゝろ)むこと常なり、其の扱ひ此の店の得色ありて、他店の扱ひに異な
るよしなり、彼の樽ころ等、吾劣らじと種々なる曲をなす、其の曲また何々と名ありて、猥りならずと
かや、この曲始まるや堀岸なる揚げ場は人、堵(と)をなして賞嘆の声やまざりける〟
〝鬼熊(104/133コマ)
鬼熊は神田新し橋の彼方、柳原より右に曲がれる横丁の角なる居酒屋の主(あるじ)なり、力量衆に優れ
しより、名前の上に鬼といふ文字を載せて鬼熊と呼びなせり、鬼熊は一代にあらずと見へて、店の前横
手窓下に大きく丸石に「何貫何百目 何代鬼熊 指石 何年何月」と彫り付たるもの数箇ありたり、鬼
熊はもと鎌倉河岸酒店・豊嶋屋抱への樽ころなりしよし、安政頃のことなりけるが、鬼熊、醤油樽一箇
づゝを両手に提(ひつさ)げ、二箇の四斗樽の太縄に足首をかけて下駄となし、柳原堤をあゆみしを、見
るもの空樽なるべしと思ふに左にあらず、皆実(み)あるものにて、今しも店頭へ酒問屋より車に載せて
推し来たりしものと、人々いよ/\膽を冷やし、偖も鬼熊と呼びしは道理なりと舌を巻かざるものはな
し、今日に至る迄、柳原辺の話の種に遺りける〟