Top              浮世絵文献資料館            浮世絵師総覧          ☆ たけや の わたし 竹屋の渡し        浮世絵事典  ☆ 明治初年(1898~)  ◯「亡び行く江戸趣味」淡島寒月著(『日本新聞』大正十六年八月二十四、五、六日)   (『梵雲庵雑話』岩浪文庫本 p85)   〝向島は桜というよりもむしろ雪とか月とかで優れて面白く、三囲(みめぐり)の雁木に船を繋いで、秋の    紅葉を探勝することは特によろこばれていた。季節々々には船が輻輳するので、遠い向う岸の松山に待    っていて、こっちから竹屋!と大声で呼ぶと、おうと答えて、お茶などを用意してギッシギッシ漕いで    来る情景は、今も髣髴と憶い出される。この竹屋の渡しで向島から向う岸に渡ろうとする人の多くは、    芝居や吉原に打興じよいうとする者、向島へ渡るものは枯れ草の情趣を味うとか、草木を愛して見よう    とか、遠乗りに行楽しようとか、いずれもただ物見遊山するもののみであった〟    〈竹屋の渡し、浅草から向島へ渡る人の多くは向島の勝景を探索して楽しもうという風流人、反対に向島から浅草側に     渡る人の目当ては猿楽町の三座そして日本堤の先の吉原であったそうな。向島へ渡って散策を楽しんだ後、浅草側に     戻ってそのまま吉原へという風流人もいたはず〉