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☆ たかまつみずぜめ 高松水責の図 浮世絵事典
☆ 嘉永三年(1850)<七月>
筆禍「高松水責の図」六枚続・芳虎画・山口屋藤兵衛板(嘉永三年七月刊)
内容 版元山口屋藤兵衛、販売停止、図様を替えて販売するよう命じられる。
(これも絵双紙掛の裁量によるか)
理由 改済みの作品と異なる版を販売したこと(無断出版)。浮説の流出
◯『藤岡屋日記』第四巻(藤岡屋由蔵・嘉永三年七月記事)
◇芳虎画「高松水責の図」④138
〝六月十七日頃配り
芝神明前和泉屋市兵衛板元ニて、芳虎画六枚続き、高松水責の図、大評判にて、同廿五日ニ引込ス也。
是ハ太閤記備中高松城水責に候得共、城一面水びたしに相成候処は大海の如くにて、舟より三重の櫓へ
石火矢を打懸候処の勢ひおそろしく、さながらイギリスが浦賀へ押寄候ば如斯ならんと有様を見せしな
らん、初め懸り名主改之節は三枚続二つに致し改、石火矢もけむりも無之候間、右程すさまじくも無之、
名主も心付ず、割印出し候処に、彩色にてけむり付候ニ付、おそろしき有様ニ相成、唐人が御城を責る
に尤(異カ)ならずとて、右配り候絵を引込せ、石火矢を除き、出し候様にとの事也。
もふけるをせん市向ふみづ仕懸け〟
〈「太閤記」ものであったから、改には石火矢も烟もない図様を提出し、出版許可が出るや否や、それらを付け加えて
販売した。無論確信犯である。これを、江戸市中の人々は、さながら本邦の城が異国の攻撃に遭っているような図様
だと評した。前年閏四月のイギリス軍船の浦賀渡来の印象がよほど強かったのであろう。さっそくこの図様と結びつ
けて浮説を流したのである〉