Top             浮世絵文献資料館             浮世絵師総覧         ☆ たいへいえいゆうきそい 泰平英雄競       浮世絵事典  ☆ 安政三年(1856)<八月>      筆禍「泰平英雄競」錦絵 画工 未詳       内容 ◎板元 三河屋鉄五郎 板木一時取り上げ       理由 売れすぎて浮説が立つのを恐れて、奉行所が介入する前に問屋と改掛の名主の段階で自主          的に板木を一時規制取り上げたようだ  ◯『藤岡屋日記』第七巻 ⑦275(藤岡屋由蔵・安政三年八月記事)   ◇「泰平英雄競」   〝泰平英雄競錦絵一件                         日本橋元大工町、忠次郎店                       板元        三河屋鉄五郎      和田左衛門尉義盛         講武所頭取     男谷精一郎      梶原源太景季           同、教授出役    松平主税助      今井四郎兼平           同         三ッ橋虎蔵      樋口次郎兼光           同         本多鉄次郎      根ノ井大弥太           同         榊原健吉    右五番、八百枚通り摺込候処、大評判故、又々四番出版致ス也、右(ママ)四番ハ、      三浦荒次郎義澄                    上野正三郎      斎藤別当実盛                     近藤弥三郎      佐々木三郎盛綱                    戸田八郎左衛門      熊谷次郎直実                     藤田泰一郎     右四番六百枚通り摺込候処、益々評判強く相成候ニ付、八月十三日、地本問屋へ板木預り置候処、十    八日ニ弥々六ヶ敷相成、同廿八日、板木残らず寿ニて取上ゲ也。     右は、前五番ニてハ銭もふけ致し候処ニ、跡四番摺込損致し候由、右板木は名主改等も相済候義ニ付、    其後十一月廿八日、板木残らず下ゲニ相成候〟    〈「泰平英雄競」は見立の剣術番付。例えば、幕府の武芸訓練機関である講武所の頭取・男谷精一郎は和田義盛に見立     られている。最初、男谷以下五名分を八百枚ずつ摺って売り出しところ、大評判だったので、引き続き上野正三郎以     下四名分をやはり六百枚ずつ摺った。これがまたまた大評判。しかしあまりに売れ行きが良すぎたために、三河屋は     遠慮したようで、八月十三日地本問屋に板木を預けた。そして八月二十八日には、町名主の会所・寿において、板木     は取り上げになった。それで最初の五番は儲かったが、後の四番は摺り損に。しかし改を通っていたので、十一月二     十八日には板木が戻ったようだ〉