Top 浮世絵文献資料館 浮世絵師総覧
☆ たぼさし 髱差 浮世絵事典
◯『賤のをだ巻』〔燕石〕①230(森山孝盛著・享和二年(1802)序)
〝延享の頃なりけり【翁が七ッ八の頃】女子のたぶさしといふもの初て流行出て、父なる人の二条の在番
に居られけるが、便りの序に、姉なる人のもとへとゝのへて下し給ひしを、母なる人をはじめ、召仕ふ
女子どもまでめづらしがりて、もてはやしたり、翁の子心にたしかに覚え居たり、尤鯨にてこしらへた
るものなり、今はすたりて、誰しりたる人もなし〟
◯『蛛の糸巻』〔燕石〕②276(山東京山著・安政三年(1856)跋)
(天野翁の記事を写す)
〝今貴賤となく用るたぼさしと云物は、寛政七八年の比、一橋殿御館の女中の召仕ふ婢女が工夫にて、厚
紙にててづからたぼの形に作り、墨にて塗用ひしに、髪ゆひよかりしゆゑに【今とは形ち少し異なり】
此部屋方にて婢女多く用ひしに、作りやう粗なるゆゑ、損じやすきをいとひ、常に出入する小間物や、
神田明神下に住る兵藏と云者に、かやうの物をとて、其たぼさしをあたえて作らせよ、とて誂しより、
世に流行しとぞ、右の兵藏は予(天野翁)が許へも出入いりの者ゆゑ、此度かやうなる髪結ふに便利な
る物いできて、女中方多く用ひ玉ふ、いかにや、とて予が下女にみせしを下女どもとゝのへ用ふと、予
が父聞れて、驕りの端也、とて不興し玉ひき、後々に至りては、世に一統の用具となり、今猶残れり〟
◯『増訂武江年表』1p153(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(延享年間・1744~1747)
〝婦女たぼさしといふ物始まる。後一旦廃れしが、寛政より再度行はる〟
◯『増訂武江年表』2p19(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(寛政年間・1789~1800)
〝婦女のたぼさしふたゝびはやり始む
筠庭云ふ、たぼさしもとの物とはいたく形異にして、元のは鯨にて造りしなり。それにも新旧ありて
形異なり。只再びはやるといへるはいかゞ〟
〈補注者の喜多村筠庭は流行とするには如何なものであろうかと否定的である〉