◯『世のすがた』〔未刊随筆〕⑥40(百拙老人・天保四年(1833)記)
〝住吉おどりとて願人坊主五六人連にて、白木綿単衣、腰に法衣の如きものをまき、浅黄或は黒き頭巾を
かぶり、二重の傘に住吉大明神といふはらいやうのものを付、竹にて傘の柄をたゝき、又拍子木など打
ならして、伊勢音頭といふ小うたをうたひ、種々の物まねして踊はやす、其所作日を追てたくみになり、
近来は芝居の物まねを専らにしえ、なまめきたるさま、法師のわざには似合しからず〟
◯『絵本風俗往来』下編 菊池貴一郎(四世広重)著 東陽堂 明治三十八年(1905)十二月刊
(国立国会図書館デジタルコレクション)(117/133コマ)
〝住吉踊
住吉踊り、一に「かッぽれ」とも唱へたり、九尺斗(ばかり)の竿の先へ御弊・万燈を取り付け、其の下
に大小の傘(からかさ)を二段に開き、傘の周囲に美麗(うつくし)く染め模様ある幕を垂れ、同勢六、七
人、白き衣類に晒しの下帯、手巾(てぬくひ)は年中垢付くを嫌ひて清く、向かふ鉢巻・後鉢巻は坊主天
窓(あたま)に締まりよく、一田ね特別上手といはんか、妙といふの外なかるべし、四竹打ち囃し、三味
線を相方に歌の調、面白く「沖の暗いのに白帆が見ゆる、あれは紀伊國蜜柑船」の江戸へ入る頃は、住
吉坊主の顔色「渋茶でかッぽれ」と変じけるは、市中寒さに向かひ、此等(これら)の見物するものなき
まゝ、家計の苦心に一切喰う役、ぶつといふは仏にあらず、博奕をぶつなり、坊主和尚の名ありて、実
はぶつと飲むとに身を持ち崩しけるは、所謂仏(ほとけ)作りて魂の入らざるなり、寺は博奕に取るか遣
るかのてらにして、飲むから足りねへ、打(ぶつ)から裸体(はだか)だといふ、全くの真言に違はず、行
状は時々筋違見附の内二出て、横に鉢巻をなし、銭は貰ふに正直にして、諸払いに遣る銭に不正は嘗て
なきも差し支えは始終なるべし、手踊りの上手、指先より足先まで気を入れながら、並の家業に少しも
気を入れず、其の癖欲は深川踊り、勘平の腹切り甘(うま)き割りに地腹は切れまじ、雲の上野に望みを
絶ち、山下へ出て演ずるは欲を捨てたるにあらず、衣類を同じく軽薄なるべく、かゝる身軽気軽の光景
を手軽く、茲に記すになん〟