☆ 明治十二年(1879)
◯『読売新聞』(明治12年3月20日付
〝芝三島町の松村甚兵衛の家にて出版した『仮名読新聞』 第八百八十六号と題して 西の久保神谷町の
医者何某が雇女の 何膜とかを破ッた事を書いた錦絵は余り醜体ゆゑ一昨日発売を差止められました〟
☆ 明治十五年(1882)
◯『読売新聞』(明治15年2月4日付
〝昨日の官令にも有る通り、是まで絵双紙(ゑざうし)画本(ゑほん)の類ひは御届のうへ直(すぐ)に出版し
来ッたが、昨日より更に右類ひは出版の節警視庁へ納本し、同局第二課にて猥褻其ほか風俗を紊(みだ)
すべき彫画と見認(みとむ)る時は、直(たゞ)ちに販売を差し留めに成るといふ〟
〈この年、内務省から、東京府内で出版された図書の納本は、今後警視庁経由とする旨の通達あり。これまでの納本先
は警保局(内務省警視局)〉
◯『読売新聞』(明治15年6月25日)
〝一昨二十三日 府下の地本錦画問屋の組合頭取と油画並に石版画銅板画等の売捌人を 警視庁へお呼出
しになり 近来聖上両皇后宮の御尊像を摸写し 皇国貴顕肖像抔として発売し 店頭又は露店(ほしみ
せ)抔に並べて 粗略に取り扱ふ者も有る様子だが 左様な事を致しては甚だ相済ぬ儀につき 以後は
精々注意を加へ 室内に貯蔵して丁寧に取扱ふ様にと諭告せられたり〟
◯『読売新聞』(明治15年10月05日)
〝京橋弓町二番地の松井栄吉といふ者が 先月廿一日 其筋へ届け出た錦画は 何なぞ合せとか 表向き
をくるめる名はあれど 書入れの文句と云ひ 画柄といひ猥褻極まる物ゆゑ 昨日発売を差止められた
とふ〟
◯『読売新聞』(明治15年10月14日)
〝此ごろ絵双紙屋にて売捌く 朝鮮暴動の形状を画きたる錦絵十三種は 店頭に掲げ置くは不都合ゆゑ通
行人を其筋へ呼出して申し渡されたといふ〟
〈明治15年7月に起こった壬午軍乱の錦絵〉