Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ しょうきえ 鍾馗絵浮世絵事典
 ◯「行楽の江戸」淡島寒月著(『新公論』第三十二巻第一号 大正六年一月)   (『梵雲庵雑話』岩浪文庫本 p94)※(カナ)は原文の振り仮名   〝五月 節句 当時(文久~慶応頃)私ども親戚三軒とも子供が生まれていたので、父の椿岳が鍾馗を描    いた幟を三本拵えて分けてやったか、今は一つの残っていない〟    〈裕福な家では生まれてきた子供ごとに鍾馗の幟を拵えていたのであろう。淡島家ではたまたま寒月の父椿岳が画人でもあっ     たから、自ら鍾馗を画いたのである。幟の鍾馗図には常に一定程度の需要あったと思われる。北斎の幟・鍾馗図が遺されて     いるが、推測するに、当時人気の浮世絵師もこうした求めに応じて画いていたものと思われる。しかし如何せんその多くは     椿岳画同様失われてしまう。そんななかで、北斎の幟・鍾馗図が後世に伝わったのは、絵の出来栄えが、消耗品化させるに     は忍びないという思いを、所有者の心中に喚起したからなのだと思う〉  ◯『古代浮世絵買入必携』p21(酒井松之助編・明治二十六年(1893)刊)   〝鍾馗、天神、七福神、唐人物、其の他神仏の図は凡て不向きなり〟