◯『残されたる江戸』柴田流星 洛陽堂 明治四十四年五月
(国立国会図書館デジタルコレクション)(14/130コマ)
◇正月 三ヶ日
〝正月は三ヶ日が江戸ッ児の最も真面目なるべき時だ。渠等は元日の黎明に若水汲むで含漱し、衣を改め
て芝浦 愛宕山 九段 上野 真乳山などの初日の出を拝し、帰来、屠蘇雑煮餅を祝ふて、更に恵方詣
をなす、亀戸天神 深川八幡 日枝神社 湯島天神 神田明神は其の主なものである。
かくして更に向島七福神巡りをするものもあれば、近所の廻礼を済ますものもある。けれど二日以降の
日を択(えら)び、元日はたゞ嬉笑の間に和樂して終るが多い
二日は初湯 初荷 買初 弾初 初夢など江戸ッ児にとつては事多き日である。殊にお宝/\の絵紙を
買つて、波乗り船のゆたかな夢を探ぬる渠等(かれら)は、遂ひに憧憬の児たらずとせんや。吾儕(わな
み)は其が絵の如き美しさと快さとを絶えず夢みて、こゝに不断の詩趣を味ひつゝあるのだ
三日(中略)若(も)しそれ夜に入つての歌留多遊びに至つて花の色の移らふを知らざる若き男をんなの
罪の無い争ひ、軈(やが)てはそれも罪つくるよすがにとはなるべきも、当座は唯だ欲も苦もない華やか
なさゞめき、かくてぞ喜びをまつの内はあわたゞしく過ぎて〟