※「ちや」などの拗音は現代表記の「ちゃ」になおした。◎は表示不能あるいは難読文字
◯『宝船桂帆柱』(十返舎一九作 歌川広重画 岩戸屋板 文政十年(1827)刊)
宝船桂帆柱(国立国会図書館デジタルコレクション本)(国書データベース)
(前編)
△番匠(だいく)
鋸のめでたき御代の例とて けふや子の日の松の木をひく
「もふひるだらう だいぶんほぞがはづれてきた」
△鍛冶(かじ)
栄ゆく運は天からてんからと かねをのばすや鍛冶の生業(すぎはひ)
「かぢやはゐながらめしをたく てんから/\」
△鋳物師(いものし)
ゐものしの踏み堅めたる身代は踏鞴(たゝら)よりして涌きいづる金
「ほんせいがたゝらなれば 大うち家のさぶらいだんへい」
△刀拵師(かたなこしらへし)
身上の鍛(きたひ)よければきれものと 人によばるゝかたなこしらへ
「つば(鍔)はこだいのなんばんてつ めぬき(目貫)は家の二◎じし
身は正宗のみだれやき アヽつがもねへ」
△弓箭師(ゆみやし)
金儲けあたりはづさぬ弓師とて 矢よりもはやき立身の的
「ゆみや八まん あたりははづさぬなんとして/\」
△具足師(ぐそくし)
世の中の金が敵を手にいれて 身をかためたる具足師の業(げう)
「かつてかぶとのおめでや
△旋物師(さしものし)
金筥をさしものやとて一生の財(たから)はつねに手のうちにあり
「ゑりはざし こあなざし 三まいほぞありざし いろ/\おこのみしだい
ひやうばんで入らつしやい」
△大経師(たいけいし)
正直のそのみの張(ばり)のたのしきは 家の風さへ袋はりなり
「かみをじゆうにするとはきつい」
△時計師(とけいし)
はん昌(ぜう)はときをたがへすとけいしの 仕懸けくるはぬ家のおさまり
「とけいしは時にあふ人だ」
△袋物屋(ふくろものや)
正直のこゝろは袋物師とて いつも宝のいれものや縫ふ
「しつかりまふかる」
△扇折(あふぎをり)職
金持となるを肝心要にて 骨を折人のひさぐおふき屋
「あふきや人のにはくらも わるひてんがうじや」
△篭細工(かございく)
千早振る神のかごやのはん昌は 竹のすぐなる御代のいさほし
「たけであかさぬよはもなし」
△錺師(かざりし)
金銀を自由にするはかざり師の 鞴(ふいご)の風の福の神より
「めつきふくさ上◎きなゝこ いろゑいろ/\あります」
△挽物師(ひきものし)
ひきものゝ丸きは角(かど)のなきゆへに 銭(ぜに)金までもよくまはりたり
「かねのつるをひきものし くる/\まはるしんだいとは ありがたい/\」
△版木師(はんぎし)
かせげたゞ小刀細工ながらにも 黄金(こがね)彫出す板木師の業(わざ)
「しゃほん(写本)がくどいとほね(骨)がおれる/\」
〈版木師(彫師)のいう写本は画工が画いた版下絵をいう〉
△陶工(すへものつくり)
手のうちの宝なりけり大黒の つちもて造りいだす焼もの
「じゆうじさいにまはりのよいとは めでたい/\」
△仏師(ぶつし)
精出して仏つくればふ自由なく 極楽なりし身こそたのしき
「ほとけつくつてたましゐを入れるは じつにぶつしだアヽおそるべし/\」
△建具師(たてぐし)
金持と人も建具師なればとて 家のしまりも見えてたのもし
「はいがしらきりこがしら いろ/\有り」
△瓦師(かはらし)
高きやに登りて見れば煙たつ 竈(かまど)にぎをふ今戸瓦師
「セリフなし」
△仕立物師(したてものし)
縫針の細きながらも精出して 身上したてあげしたのしさ
「さゝづま三日月がたは手とりものサ」
△縫箔師(ぬいはくし)
ぬひはくの金糸銀糸(きんしぎんし)は手のうちに 家はん昌の模様見せたり
「そうもやうのいろ糸入れは手がかゝる/\」
△石工(いしきり)
正直の心はかたき石切の ゆるがぬ身こそたのしかりける
「てん六さんの仕入でいそがしい/\」
△左官(さくわん)
金持となる下地よき壁なれば 左官も杇(こて)をきかしてやぬる
「これからすなずり 大なをしだ」
△傘張(かさはり)
大切に稼業まもれば福の神 大黒がさを春の豊かさ
「かゞりはねんを入れて下さい」
△木履屋(げたや)
鳳凰もいづべき御代の長閑(のどか)さに さかゆる桐の下駄や賑はふ
「まるまさの利久がた ずいぶんねんを入れてさし上ます」
△塗師(ぬし)
生業(すぎはひ)も堅地にすればいつまでも 大丈夫なるぬしの身代
「木がためこくそさびきりこ中ぬり上ぬり したてがかんしんじゃ」
△畳師(たゝみし)
さかえゆく家繁昌や一畳のたゝみかさぬる小判山ほど
「十五とふりとは上ものだ」
△桶屋(おけや)
精出してかせぐ手桶のたが目にも 輪をかけてます家の賑ひ
「たがなんといふともかまはずにおけやトン/\」
△紙漉(かみすき)
かせぎさへすれば家内も機嫌よく笑ふかどには福のかみすき
「くらいうちからくさをたゝき すき上るまでが大ぼねなり」
△筆師(ふでし)
すぎはひの得意はふへて大文字の 筆の命毛ながきはんじやう
「もうてん(蒙恬)ふでをつくると りよししゆんじう(呂氏春秋)に見へたり
ふでは打ものといふからさきがきれ」
△提燈屋(ちやうちんや)
賑はひは家の得意や商売の 道にあかるき提灯屋とて
「てうちんにつりがねのまふかるのだ」
△木挽(こびき)
栄へゆく恵みぞあらん大木をひくも直(すぐ)なる心たのもし
「めいたは手とりものだ ザらり/\」
△足袋屋(たびや)
はん昌(じやう)は家の徳用むきなれや 毎晩つなぐ銭のさしたび
「セリフなし」
△人形屋(にんぎやうや)
いやましにおさまる御代のあり難き 武者人形に金まふけする
「つぼだしはさいこの事だ したじの上りがきめう/\」
△鏡磨(かゞみとぎ)
身上をみがき出せしは正直に こゝろ曇らぬかゞみとぎなれ
「天下一は上せうだ」
△家根家(やねや)
精出して家業で厚きやね板を 富貴(葺き)自在なるみこそたのしき
「せきかやにはなまぞりがつきものだ」〈堰萱・生反り〉
△櫛挽(くしひき)
はんじやうは櫛の歯をひくいそがしさ これ正直の頭(こうべ)よりして
「お六◎ごくしげはひくにより◎◎てとりだ」
「はをひくやうにあきなひがあるからめでたい/\」
△造花屋(つくりばなや)
あきなひは今を盛りぞ 売ものに飾る花やのみせの賑はひ
「セリフなし」
(後編)
△呉服店(ごふくみだな)
呉服やは夜の間に見せを明烏 はやかを/\と人の寄り来る
「ヘヽ入らせられませ ハイ/\ちりめんに よいしまやも
ハイ/\ござります」
△両替屋(りやうがへや)
正直を望性(もとで)とすれば両替の栄ゆる運は天秤のをと
「大ばんとうに小ばんとう二ぶいかほして一ぶても てんびんにかけたる事なし
小玉 お茶をくめ」
△材木屋(ざいもくや)
金のなる木を売ものゝ貫(ぬき)小割これや宝の山挽にして
「ひの木のなゝ◎よしのか」
△金物屋(かなものや)
商売に直なるこゝろみがきなば 金気(きんけ)は見せに絶へぬはんじやう
「うれ高(だか)がだいぶんふえて きたこりやどう十」
△米屋(こめや)
新米の俵のいろの青々と 杉形(すぎなり)につむ見せのにぎはひ
「まはしがしつかりじやァ ねうちがちつとむづかしい」
△小間物屋(こまものや)
くる/\と金廻りよき身代はこれぞ博(はか)多のこまものゝ舗(みせ)
「こいつァこうかいゝわへ まるりきにはふめる/\」
△酒屋
正直を一本木なる酒みせの 栄へは日々に升ばかりなり
「かみやのきく かじまのうろこ かもだのあらし山は上もの」
△香具屋(かうぐや)
名はたかき紅看板のあかねさす 日の出と見ゆる舗のはんじやう
△紙屋(かみや)
祥(さいは)ゐをゑびす紙やのにぎはいは 掛直(かけね)なくして安うり三郞
「いよまさにとさこよし/\」
△干物屋(かんぶつや)
売ものゝたくさんなれば身上も春のひものゝあたゝかに見ゆ
△木薬屋(きくすりや)
精出せば利き目の見ゆるくすり見せ 金も命ものばすあきなひ
「此はんもと岩戸やにて取次ぎうりひろめ たんの妙薬
むるい丸 こゝろみ 当百文」
△塗物屋(ぬりものや)
生業(すぎはひ)の利とくをせしめ漆にて いつも堅地(かたぢ)に見ゆる身代
「いわとやにてうりひろめ せんき根切薬」
△古着屋(ふるぎや)
正直のかうべを神の守にて手はやふるぎの店のはんじやう
「そんで二十だ アヽやすいもんだ」
△古道具屋(こどうぐや)
長生きの賀らくた道具ならべつゝ 千とせふるものひさぐめでたさ
「ぼろ三ゑ五ふんがもとねのかいだ」
△質屋(しちや)
めでたさは産後のしちやならねども 金がかねうむ家ぞたのもし
△畳表屋(たゝみおもてや)
商ひも広しま備後備中や琉球までもひゞくはんじやう
△仏具屋(ぶつぐや)
御仏のひかりは金の威光にて ゆたかに見ゆる舗(みせ)の荘厳(しわうごん)
「ふうき自在うんり香 はんもとよりうりひろめ」
△油屋(あぶらや)
生業(すぎはひ)の道くらからぬゆへにこそ 得意もへらぬ油あきない
△煙草屋(たばこや)
あきなひの館(たて)のよきゆへ身上もやにこゝはなき多葉粉見せかな
△煙管屋(きせるや)
正直の地金よければ諸国へも よくとをりたる名代喜世留屋
「たん一◎◎をりによくきくくすり はんもとにてうり弘め」
△菓子屋(くはしや)
くはしみせは徳羊肝(とくようかん)の評判に その身落雁金(かね)は有平(あるへい)
△炭薪屋(すみまきや)
養老のたきゞうればや長生の身もしんだいも ◎(かた)炭屋なれ
△蠟燭屋(ろうそくや)
仕合せは時に会津のらうそくや これ正直の生掛(きが)けよりして
△肴屋(さかなや)
身上に尾鰭(おひれ)のつきていさましや 日ぐれにあらたな肴(さかな)商ひ
「くぎだなの井戸で上ものになる」
△八百屋(やをや)
売物はみな青幣(あをにぎて)なればとて 八百や神の守るはんじやう
△瀬戸物屋(せとものや)
しやうばいのせともの造る土一升 金一升にかゆるたのしさ
「これは◎んとの上ものじや」
△餅屋(もちや)
見せつきも美味(うまい)しかけ饅頭の あんにたがはぬ金もちやなれ
「小児薬王 肝凉円 はんもと取次」
△漬物屋(つけものや)
つけものゝ塩梅(あんばい)もよき身上と 人によばるゝ香のものやは
△雪駄傘屋(せつた からかさや)
あきなひは照降(てりふり)なしの金まふけ 両天秤のせつたからかさ
「京ばし本でんま丁 いなりしん道 仙女香」
△蕎麦屋(そばや)
名物のそばやなりとて銭金(ぜにかね)も むしやうにのびる深代寺なれ
(路上看板に「すなば」とあり)
△甘酒屋(あまざけや)
あきなひは三国一と名に高き 冨士の山ほどたまる金銀
(「大こくや」の屋号あり)
△鱣屋(うなぎや)
はんじやうは金のまふかる筋うなぎ 見せのかゝりも大串にして
(「きくや」の屋号あり)
△料理茶屋(りやうりちやや)
商ひの広蓋(ひろぶた)までも小判形(なり) はや身上を仕出しりやうりや
(店内の提灯に「梅川」とあり)
△花屋