☆ 天明年間(1781~1788)
◯『賤のをだ巻』〔燕石〕①256(森山孝盛著・享和二年(1802)春序)
〝雲州の相撲に、釈迦が嶽【名は忘れたり】大男出来り、【天明の頃】おびたゞしき沙汰にて、落しばな
しにさへなる程の事なり、相撲はさのみ上手ならざれども、勝れたる大兵にて、貴賤寄合て、朝夕の咄
にも彼が噂のみいひたる事なり、其頃翁が番町辺へ行て、麹町五丁目通り紀州の達磨門前へ掛りて帰る
に、二三町先におびたゞしく人の集りて行やうすなり、いかなる事の有るやらん、生酔か狂人か、又は
喧嘩か、けしからぬ人の群集する事也と思ひ、急ぎて、段々近くなりてむかふをみれば、一人腰より上
計あらはれて見ゆる故、扨は拵馬を乗て人行なるべし、足取見事さに人の集りてしたひ行成るべしと、
弥急ぎて坂を下りて、雲州の門前にて、広き所にて人の散たるをみれば、釈迦が嶽なり、連たる人と別
れて、釈迦が嶽は雲州の裏門へ帰り入るを、始めて肝を潰して、彼が大男を感じたる事、おかしき物が
たりなり〟