☆ 天保十三年<七月~十一月>
筆禍「信州川中嶋大合戦」(五枚続・一猛斎芳虎画)
内容 ◎板元 万屋十兵衛・上総屋常次郎・三河屋鉄五郎 詫び証文
◎画工 芳虎 詫び証文
(絵双紙改掛(アラタメカカリ)名主の裁量による処罰)
理由 五枚続を売買したこと
◯『大日本近世史料』「市中取締類集」二十一「書物錦絵之部」p214
(板元・万屋、上総屋、販売元・三河屋鉄五郎、絵師・芳虎の絵草紙掛名主宛請証文)
〝一 川中嶋合戦大錦絵三枚続 山下町 茂兵衛店 板元 万屋 十兵衛
画師(歌川)芳虎
一 右同断二枚続 通四町目 専吉店 板元 上総屋常次郎
右錦絵、下絵を以当七月中改印申請、摺立売出し仕候処、絵双紙屋見世にて五枚続ニ致し売買仕候ニ
付、右始末御調ニ御座候、此儀、右川中嶋合戦錦絵之義は、元大工町三河屋鉄五郎より被相頼、十兵
衞・常次郎両人は、板元名前ニ願候迄ニ有之、芳虎儀も御調御座候処、是又鉄五郎より相頼候ニ無相
違旨相訳(ママ)候得共、三枚続・二枚続両人名前ニて改印申請、五枚続ニ仕立紛敷売捌方仕候段御察斗
受、可申立様無御座奉恐入候、以来右体紛敷取計方仕間敷旨、且又、前書川中鴫合戦絵五枚続ニ不相
成様、別々ニ売捌可申旨被仰聞、難有奉畏候、為後日仍如件
山下町 茂兵衛店 板元 万屋十兵衛
家主 茂兵衛
通四町目 忠兵衛 板元 上総屋常次郎
家主 忠兵衛
元大工町 十兵衛店 三河屋鉄五郎
家主 十兵衛
具足町 亀五郎店 亀次郎悴 芳虎事
画師 辰五郎
家主 亀五郎〟
〈この文書は嘉永二年五月の三枚続錦絵「仙台萩」一件に関する文書の中にあるもの。年次日付はないが、以下の点か
ら、天保十三年のものであることが分かる。国会図書館所蔵の一猛斎芳虎画に「信州川中嶋大合戦」という五枚続が
ある。(下出画像参照)それを見ると、三図に万屋の板元印、二図に上総屋の板元印がある。画題と板元の一致から、
この証文の言う「川中嶋合戦」が国会図書館蔵の「信州川中嶋大合戦」と同じ物であることが分かる。改(アラタメ)印を
みると「極」の単印、この形式は天保十三年までで、翌十四年から名主の単印に移るから、この「川中嶋合戦」は天
保十三年以前の出版と考えられる。また天保十三年の十一月晦日には、一枚絵は三枚続まで四枚以上は無用とする町
触が出ているから、それを考慮すると、五枚続ゆえに察斗(咎め)を受けたというこの「信州川中嶋大合戦」は、こ
の年の出版と見てよいであろう。同年七月、三河屋は万屋と上総屋を使って、それぞれ三枚続・二枚続の作品として、
下絵改に差し出し、出版許可を貰った。しかし実際には両方を一括して五枚続として売り捌いた。並べてみれば一目
瞭然、紛れもなく一つの作品である。その五枚続が問題視され、証文を書く羽目に陥った。ただよく分からないのは、
この三河屋、七月の時点でどうして三枚と二枚に分けて改を受けたのかという点である。2013/11/12追記〉
「信州川中嶋大合戦」一猛斎芳虎画 万屋十兵衛・上総屋常郎板 (国立国会図書館デジタル化資料)