Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ しこくかっせん 四国合戦伊予掾純友謀反船軍焼討之図浮世絵事典
 ☆ 嘉永三年(1850)<七月>      筆禍「四国合戦伊予掾純友謀反船軍焼討之図」三枚続・貞彦画・山口屋藤兵衛板(嘉永三年七月刊)       内容 版元山口屋藤兵衛、販売禁止         (町奉行の処分ではなく絵双紙掛名主の裁量による)       理由 異国船に拘わる浮説の流出を危惧したか    ◯『藤岡屋日記』第四巻(藤岡屋由蔵・嘉永三年七月記事)     ◇貞彦画「四国合戦伊予掾純友謀反船軍焼討之図」④135   〝(七月)馬喰町山口藤兵衛板元ニて、四国合戦伊予掾純友謀反船軍焼討之図三枚続キ、貞彦画ニて出板    致し、七月十一日絵双紙問屋名主八人、通三丁目寿ぇ寄合之節、右之絵を改出し候処ニ、船軍の躰相い    かにもイギリス軍船の模様ニ能く似たる故に、先売出しは差扣へ可申之由被申候に付、先は配りハ相な    らず候、尤先達て名主改メ割印は出居り候。       改めはすみ友なれば伊予のぜふ 摺りいだしたら山ぐちを止〟    〈貞彦画「四国合戦伊予掾純友謀反船軍焼討之図」は、名主の改は済んでいたが、販売はならなかった。理由は画中の     船がイギリスの軍船に似ているというものである。この「イギリス軍船」とは、嘉永二年閏四月、浦賀へ来航したマ     リーナ号を指す。また「絵双紙問屋名主」とは絵双紙掛名主のことであろう。これも町奉行の裁断ではなく、名主方     の裁量による自主規制である。なお、この貞彦、『原色浮世絵大百科事典』第二巻「浮世絵師」には見当たらない〉