◯『女郎花喩粟嶋』(合巻 柳亭種彦作 五渡亭国貞画 文政六年(1823)刊)
地口行灯(『女郎花喩粟嶋』下巻 22丁ウ)(国書データベース)
〝千穐万歳 こひは医案のほか (絵柄:恋煩いの娘) 〟「恋は思案の外」
〝稲荷大明神 勘気はぞんき (絵柄:親の勘気に畏まる子)〟「短気は損気」
◯『嬉遊笑覧』下(喜多村筠庭信節著・文政十三年(1830)自序)
(国立国会図書館デジタルコレクション 成光館出版部 昭和七年刊 五版)
◇巻十 下「娼妓」地口行燈(254/359コマ)
〝『我衣』に宝暦六年子の二月初午いなり行燈 六月祇園会の行燈はやりたることをいへり『娯息斎詩集』
(明和七年)題初午 太鼓音高童子集 行燈地口年々新(今は年々古し 其故は画かきども手すきの内に
多く書 同じ物をいくらも書て売故 一ヶ所にも同じ物有り 地口行燈に傘をさしたる事は予が父 物
語に 一とせ小田原町の稲荷祭に俄に小雨ふりければ 駿河町越後屋番傘を借てさしたりとぞ)〟
※(『娯息斎詩集』国立国会図書館デジタルコレクション画像より)
〝初午に題す
社頭(シヤトウ)覡(ミユ)美(ウツクシフシテ)神楽(カグラ)頻(シキリニ) 奉(タテマツル)祝(イサメ)稲荷大明神(イナリダイミヤウジン)
太鼓(タイコ)音(ヲト)高(タカフシテ)童子(コドモ)集(アツマリ) 行燈(アントウノ)地口(チクチ)年々(ネンネン)新(アラタナリ)〟
◯『三養雑記』巻1 山崎美成 天保十年(1839)序
(日本古典藉総合データベース)(10/138コマ)
※(半角カッコ(かな)は原文のルビ【 】は二行割書、全角カッコ(~)は本HPの注記)
〝初午稲荷詣 地口
江戸にて稲荷祭には、地口行燈をつらねともすならはしなり、この地口といふハ、土地の口あひといふ
ことにて、たとへば地張(ぢばり)きせる、地本絵草紙、地酒などの類、いづれもこの地といへるは、江
戸をさしていふ詞なり、さてその行燈にかけるを、絵地口とて絵を専にして、まうづる人のあゆみなが
らよみてわかるをむねとするなり、豊芥蔵(弃?)の小冊に地口須天宝、鸚鵡盃、比言(くちあひ)指南、
地口春袋など、みな安永ごろの印本なり、その頃はやりしと見えたり、この地口にくさ/\のわかちあ
り、天神の手にて口をおさへたる絵に、だまりの天神【鉛の天神】、団子を三串かけるに、団子十五
【三五十五なり(以下略)】などいふは、そのかみのさまをおもひやるべし(以下略)〟
◯『地口行燈』百庵花笑著 一筆庵戯画 署名「英泉画」天保十三年成立
(日本古典藉総合データベース) 画像あり
扉絵「童蒙伝智 地口絵合 初輯全一冊 寅春発板」
地ぐち行灯(百庵花笑著 一筆庵戯画)(国書データベース)
例(巡礼姿の少女の図)
「爺(とゝ)さんは阿波の十郎兵衛、母(かゝ)さんはお弓と申ます」
爺(とゝ)さんは馬鹿な女郎買、母(かゝ)さんは歩めと申ます
〈浄瑠璃『傾城阿波鳴門』「巡礼歌の段」巡礼娘お鶴の台詞を踏まえた地口〉
◯『地口行燈』容斎直政画 安政四年刊
(日本古典藉総合データベース)
画像なし、書誌のみ
◯『絵本川柳五百題』(柳下亭種員 三松堂・明治二十四年刊)
〝地口絵
紫蘇のうまさも七十五日 (人の噂も七十五日)
玉あげ願ほどき (生揚げがんもどき)
壱分に二駄かそんな炭 (一富士二鷹三茄子)
おきつね八寸とび (義経八艘飛び)
〈それぞれ略画あり。画像は「ARC所蔵・寄託品 古典席データベース」『絵本川柳五百題』で検索〉