◯『浮世絵年表』p102(漆山天童著・昭和九年(1934)刊)
(寛延三年(1750)記事)
〝十二月、攖(エイ)寧斎温然の鞘画『鏡中図』出版〟
◯『寝惚先生文集』〔南畝〕①353(陳奮翰(大田南畝)著・明和四年(1767)刊)
〝鞘絵(さやうつし)を詠ず
二人の頭は鉢匏瓜(ハチフクベ)に似たり 背は未申(ヒツジサル)へ曲(マガ)つて著る物斜めなり
笑ふ此の一枚の京土産 皆皆鞘に映して更に相誇(ヲゴ)る〟
〈「さやうつし」と呼んでいたようだ。鞘に映したときの図様は何であろうか〉
◯『嬉遊笑覧』(喜多村筠庭信節著・文政十三年(1830)自序)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
◇巻三「書画」上 192/302コマ
〝鞘画といふ物も和蘭より渡りし物なり『池北偶談』に「西洋所製玻璃等器多奇巧 曽見其所画人物 視
之 初不辨頭目手足 以鏡照之 即眉目宛然◎好鏡鋭而長如卓筆之形」これ刀剣の鞘にうつしてみるさ
や絵といふ物なり(其後の法 横に扁(ヒラタ)くかけるが竪に長くうつるなり)〟
〈『池北偶談』王士禎 1691年序〉
◯『増訂武江年表』2p19(斎藤月岑著・嘉永元年脱稿・同三年刊)
(寛政年間・1789~1800)
〝鞘絵の戯れ行はる〟
◯『浮世絵』第二号 (酒井庄吉編 浮世絵社 大正四年(1915)七月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
◇「浮世絵百種(二)鞘絵」考古洞著(9/24コマ)
〝 鞘絵は明和の初年頃 和蘭から渡来したもので、始め京都より流行つて江戸に及ぼしたので、明和安
永時代に旺んに行はれて、舶来画のみではない、我浮世絵師が種々の姿を描いて売出した、天保頃には
早や廃れたとあるが 同時代に渓斎英斎が描いたのを、三村竹清氏が所蔵して居られる所を見ると、未
だ其頃でも僅かに命脈を保つて居たと思ふ。(以下略)
先づこれを見るには(中略)下の◯形の所へ蠟塗の刀の鞘を立てゝ 側面(わき)からこれを見ると、
男が木を挽いて居るのが映るので、これは鞘と限らぬ、ビール壜(びん)でも、茶の罐でも都て光沢があ
つて平面のものでなければよいのである〟
◯「川柳・雑俳上の浮世絵」(【雑】は『雑俳語辞典』鈴木勝忠編・注は編者の注)
〝鞘絵のやうに理屈有るなり〟「狐の茶袋」安政4【雑】注「鞘にうつして見る細長い絵」「そのまま見ても分からず」
〈鞘絵は説明が無いと何の絵やら不可解なもの〉