☆ 嘉永二年(1849)
◯『藤岡屋日記 第四巻』p544(藤岡屋由蔵・嘉永三年(1850)記)
「嘉永二己酉年 珍説集【七月より極月迄】」
〝爰ニ故人曲亭馬琴が老筆をふるひて、初篇より九篇迄百八冊書残し置里見八犬伝、大評判ニて流行致し
当時丁子屋平兵衛板元ニ候処、南伝馬町一丁目蔦屋吉蔵板元ニて、右の本を丸取ニ致、馬琴のちからを
盗て、為永春水作、国芳画ニて、芳談犬の双紙と題号し、弘化四年未秋ニ合巻出板致し、当酉迄十三篇
迄出、流行也、丁平ニて是を聞て立腹致し、余り残念故ニ自分も同未年暮ニ同様之合巻ヲ出板致し、仙
果作・豊国の画ニて、仮名読八犬伝と表題致し、是も当時九篇出、流行致し候得共、元々の八犬伝ハ丁
平の株ニ候を蔦吉ニて類板致し候ニ付、今迄中之宜敷処不和ニ相成候よし
芳談と其仮名読ハわかれ共
心の犬がいがみ合けり〟
又、侠客伝・美少年録も馬琴ニて、丁平板元ニ是も又々おつかぶせ、蔦吉板元ニて、一九作・豊国画ニ
て、御年玉美少年始と題号し出板致し、当時ハ四篇迄出ル也。
又 侠客伝仦(ヲサナ)画説と題号し、是も当時三篇迄出ル也、右故ニ弥々中悪敷なりけれバ
丁平のたいらもこぶがいでるとは
さて蔦吉もよくなひと見へ〟
〈『南総里見八犬伝』(馬琴作・柳川重信、二世重信、英泉、貞秀画)は文化十一年(1814)から天保十三年(1842)まで
二十九年に及ぶ読本のロングセラー。「日本古典籍総合目録」は『犬の草紙』を笠亭仙果作・三代豊国画とし、『仮
名読八犬伝』を為永春水二世作・国芳画とする。前者は嘉永元年の初編から途中絵師を替えながらも明治以降に及ぶ。
後者もまた嘉永元年の初編から作画者共に替えながら慶応三年(1867)まで刊行された。『南総里見八犬伝』が文字通
り『犬の草紙』と『仮名読八犬伝』という「犬(似て非なるもの)」を生んだのである〉