◯「行楽の江戸」淡島寒月著(『新公論』第三十二巻第一号 大正六年一月)
(『梵雲庵雑話』岩浪文庫本 p102)※(かな)は原文の振り仮名
〝(幕末)総じて江戸人はなかなか贅沢をいったもので、魚なども、鰯(いわし)とか秋刀魚(さんま)とか
は折助(おりすけ)の食物だといって食わなかった。鰈(かれい)でも深川から来る生きた石鰈でなければ
食わない。鮪(まぐろ)などは黄肌なら食うが、赤黒い仙台鮪などは食わない。今日では通(つう)がって
鰌(どじょう)の丸煮など食う者もあるが、これは江戸趣味ではないのだ。何時か私の家で母が鰌の丸煮
を食っていたら、横山町の鳶の者が来合わして「そんな鰌は何です、私らさえ骨のくっ付いたものは食
わない」といったことがあるが、鳶人足のような荒いものでもそんなものは食わなかった。鰹なども初
鰹だけしか食わない。袷を曲げて食った(質入れした)というのは、よくその調子を現わしたので、比
良目(ひらめ)などもホンのちょっとの間しか食わなかった、旧三月頃のなると三月比良目といって、け
なしたものだ〟