◯『宝暦現来集』〔続大成・別巻〕⑥61(山田桂翁著・天保二年(1832)自序)
〝さござい/\、天明の末寛政始めは、正月元日よりさござい/\迚(トテ)往来へ来たり、子供を集め宝引
迚、細き紐五六十本一把にして、中一本へ分銅とて橙を結付、銭一文に五六本宛売附置て、分銅の付た
る一縄を引ければ、当り人一人有り、是へは草ぞうし又はびいどろのかんざし、共外さま/\子供の好
みの品ども持来りて為取ける、勝負事にはあれども、正月始より、往来是にて扨(サテ)々賑かにて、子供
など此声を聞く時は、急行て楽しみたるものなりしが、後には銭など取らせたる事にや、厳敷停止とな
りけり、いまに辻々へ、年暮に宝引無用と云張札出しは、此事なり、尤此頃は辻博突と云ふて、田舎道
は申に及ばず、柳原辺其外盛場には、出て往来の人の金銭を取る事専らなり、松平越中守殿御役より、
此類厳敷停止となりけり〟
◯「古翁雑話」中村一之(かづゆき) 安政四年記(『江戸文化』第四巻三号 昭和五年(1930)三月刊)
(国立国会図書館デジタルコレクション)
◇「サゴザイ」(22/34コマ)
〝春は所々の辻々にサゴザイといふ商人あまた出る 是はさま/\の菓子などを置て さござい/\と呼
居る故の名なり 長き紐に橙を結付し籠を出し 上中下の賭物を置て是を引す 橙付たるを引たるもの
には第一の品を渡す 地蔵橋の向今村井か屋敷角【其頃は多賀又八が宅也】より一つらに数多並び居て
元日の空明はなるるゝ頃ほひより いさましう呼立る声松風にひゞき 夫れサボザイとて男女の小童競
て是を買遊ぶ事なりしか 寛政の御改正に賭事に准ずとて禁止となりたき〟