Top浮世絵文献資料館浮世絵師総覧
 
☆ ろんどんばんこくはくらんかい ロンドン万国博覧会浮世絵事典
 ☆ 文久二年(1862)ロンドン万国博覧会     日本側の正式な出展はなかったが、イギリスの初代公使であるラザフォード・オールコックが持ち帰った  工芸品が展示された。なぜ工芸品かというと、彼の目には日本の工芸品が次のように写っていたからだ。    「すべての職人的技術においては、日本人は問題しにひじょうな優秀さに達している。磁器・青銅製品・絹   織り物・漆器・冶金一般や意匠と仕上げの点で精巧な技術をみせてせいる製品にかけては、ヨーロッパの   最高の製品に匹敵するのみならず、それぞれの分野においてわれわれが模倣したり肩を並べることができ   ないような品物を製造することが出来る」(注1)      これら展示品の中に浮世絵もあった。「木版でさまざまの色を使って印刷する技術」とあるから、これは  錦絵である。「それらは絵と美しい色に対する大衆の嗜好に、想像しうるかぎりのもっとも安価な値段で応  じるものである」と補足し、また「絵画の本は無数にあり。さまざまの巨匠の画風を例証する絵をたくさん  掲載している」とも述べている。この「絵画の本」とは北斎の『北斎漫画』などをさしているようだ。(オ  ールコックは版本の題名も絵師の名前も具体的には何一つ書き記していないのだが)   オールコック曰く「絵画としても、そしてまた民衆の生活や風俗を示すものとして比類ないもの」で「芸  術の見本として、また日本人の文明と日常生活を説明する絵として、わたしはそのいくつかを紹介せざるを  えない」として『北斎漫画』等からのカットをたくさん引用している。(注1)      こうして浮世絵も他の日本の工芸品同様大変注目を浴びたようなのだが、折から居合わせた福沢諭吉や福  地源一郎(桜知)らを含む遣欧使節団の中には、これを苦々しく思う人もいました。    「弓箭・甲冑・漆器・陶器の類、甚しきは提灯・土履・膳椀・木枕・傘など全く骨董品の如く雑具を集めし   なれば見るにたえず」(注2)      使節団全員が同様の感想を抱いたとも思えないが、西洋人が称えるものを「見るにたえず」と一顧だにし  ない当時の日本人インテリがいたことは確かである。文明開化を急ぐ指導者たちには、自らの国の日常の工  芸品を顧みる余裕もなかったのだろうが、この懸隔が結局日本の工芸品の大量流出を招くことになったに違  いない。ともあれ、オールコックには、浮世絵が日本の風俗習慣を知る格好の資料にとどまらす、美術品と  しても大いに評価できると写っていたのである。    「日本の芸術的特性についてのつぎの意見は、芸術家の意見としては興味深いものであろう」として、オー  ルコックは、色刷りの版画(錦絵)に寄せた芸術家レイトンの意見もわざわざ引いています。(注1)    「きわめて精巧な仕上げをほどこされた色の調和、(中略)甘美なるもの、柔らかくきれいなものの効果が、   怪奇なるものによって高められており、しかもすべてが調和している」(注1)     永井荷風によれば、これらの展示物がロンドンからパリへ転送されるや、早速ゴンクール・ドガ・ゾラ・  ホイスラーたちの目にとまり、そこから西洋におけるジャポニスムが本格化していったという。(注3)  (注1)ラザフォード・オールコック著『大君の都』「第三五章」・岩波文庫本  (注2)淵邊徳蔵著「欧行日記」『遣外使節日記纂輯』第三・日本史跡協会・昭和5年刊  (注3)永井荷風著「西洋人の浮世絵研究」『江戸芸術論』岩波文庫