◯『近世風俗史』(『守貞謾稿』)後集 巻之二「雑劇補」⑤184
(喜田川季荘編・天保八年(1837)~嘉永六年(1853)成立)
〝鸚鵡石(オウムセキ)
狂言ごとにこれを製して、絵草紙店および芝居の中にてこれを売る。けだし茶屋より見物の人は、桟敷
以下土場ともに役割と絵草紙は必ずこれを出すといへども、茶屋にかゝはらず見物人種々これ有り。小
銭を出すあり、あるひは無銭あり、その訳尽くすべからず。これらの徒の買ふにより、絵本役割等菓子
とともにこれを売ること、三都相同じ。その詞に「あふむせきゑざうしばんづけ」と云ふ。そのあふむ
せき、すなはちこれなり。当狂言の詞をかきぬき、声色を弄す者に備ふ。諸国の名所に往々鸚鵡石と云
ふものこれ有り、皆これに対して物謂う時、響きて之に対すに似たり。あふむ鳥、人声を云ふをもつて
名とす。その石に因りて、声色の具たるが故に号す。皆表題にこれを号す。この物京坂にこれなし。ま
た茶屋等より得意に配るにも、また見物の日もこれを出さず、ただ桟敷以下に売り巡り、また錦絵店に
てこれを売るのみ。
大略紙員五葉、初片葉に一人あるひは二、三人の肖像を画くに、その狂言に因ある物をもつて、毎時画
法定まりなく意匠を用ひたり。これは必ず鳥井風の画工を用ひず。当時有名の浮世絵師が肖像に画き、
淡彩を用ひ、画風・彫工・判摺ともに精美を専とす。書風も浄瑠璃本に似て、いさゝか異なるなり。当
座名ある役者、三、五人を載せる物多し〟