☆ 文化十二年(1815)
◯『藤岡屋日記 第一巻』p158(藤岡屋由蔵・文化十二年(1815)来)
(於竹大日如来開帳)
〝於竹大日如来 羽州羽黒山 黄金堂玄即坊
七月廿一日より六十日之間、浅草金龍山念仏堂に於て開帳
此度の開帳に付、大伝馬町より、金物細工にて諫鼓鶏奉納、新吉原玉や弥八内白玉より硝子細工にて
葡萄棚に栗鼠、庭の景色作り物、是は開帳金主より
此節に川柳に 後生だといわれてお竹こまりけり〟
☆ 嘉永二年(1849)
◯『藤岡屋日記 第三巻』p(藤岡屋由蔵・嘉永二年(1849)記)
◇於竹大日如来開帳・見世物
〝三月廿五日より六十日之間、両国回向院に於て開帳
(中略)
回向院境内見せ物之分
操人形芝居、伊賀越道中双六・和田合戦
壱人分百八文、桟敷二百八文、高土間百七十二文、土間百五十六文
太夫(豊竹此母太夫はじめ六人の名あり、略)
人形(西川伊三郎はじめ九人の名あり、略)
三味線(鶴沢勇造はじめ四人の名あり、略)
但し人形大当り、大入也
伊勢両宮御迁宮之図 吹矢 女角力 犬の子見せ物 大碇梅吉の力持見世物 榊山こまの曲〟
〈「伊勢両宮御迁宮之図」は、九月の式年遷宮を当て込んだもの。前出、玉蘭斎貞秀の藤慶板「伊勢太神宮御遷宮之図」
のほかに、一勇斎国芳の山口板「伊勢太神遷御之図」などがある〉
「【おたけ大日如来】略えんぎ」 一勇斎国芳画(山口県立萩美術館・浦上記念館所蔵)
◯『藤岡屋日記 第三巻』嘉永二年(1849)記
◇稲荷、新宿の老婆、於竹、三人拳 道化武者御代の君餅 ③475
〝此画、伊予政一枚摺ニて、袋ニ手遊びの狐・馬・かいどりの姉さまを画、軍配ニ神仏力くらべと表題し、
外に格別の趣向も無之様子ニ候へ共、取組の内ニ遠近山ニ三ッ柏と画たり、是は両町奉行の苗字なるべ
し、割竹ニ猪王山と云しハ御鹿狩なるべし、外ニうたがわしき思入も有之間敷候得共、右之はんじもの
ニて人の心をまよわせ、色々と判断致し候より此画大評判ニてうれ候処ニ、是も間もなく絵をつるす事
ならず、評判故ニ引込せ仕舞也。
お竹のうちかけ姿を見て 遅道
かいどりを着たで姉御とうやまわれ
三途川の老婆御手入ニ付、
新宿は手がはいれども両国の かたいお竹はゆびもはいらず
老ひの身の手を入られて恥かしや 閻魔のまへゝなんとせふづか
両国の開帳
お竹さんいもじがきれて御開帳 六十日は丸でふりつび〟