◯『松の落葉』大木扇徳編(宝永七年刊)
〝おせんものぐるひ 江戸半太夫ぶし
これはさておき、おせんはいつしかきやう女となるかみのと◎◎ゝと中そらに、たちゐるくものあとも
なく、うきてたゞよふばかりにて、そこともいさやしらつゆの、おきまどふ身はあちがはらまたき色づ
くわが袖に、たれゆへ月はやどるぞと、よ◯になしてもとはれなば、ふかきなげきあさくさのはすゑに
むすぶ白玉のひかりさやかにすみだ川、たへずながるゝ水のあわ、うたかた人はつゝがなくありやなし
やとこゑたてゝ、◯とははねのまつち山、いふこゑくれば、いほさきのいほりかたふく板ひさし、あれ
にしのちは、風あてゝふわ/\ふわのせきならば、とりのそらねもはかるべし、ゆるさぬものはあふ坂
の人めのせきをしのぶがをか、よししのはすの池のをも、げにいさぎよきしみづむら、ゆみはり月やい
るさの山、やなかの木だちしげりあひ、花のさかりはみよしのゝ、よしのよりなを上覧山、のぼればく
だる坂、かなたこなたを見わたせば、くんじゅのきせんとり/\に、だ
◯『色里新かれうびん』〔鼠璞〕中165(享保初年刊)
〔 〕は傍注
〝樽井〔屋〕おせん物狂〔狂女郎 半太夫ぶし〕
としのよはひは二八ばかりのわかき人、よにはたぐひもなつ山の、しげみがかげにこがくれし、君の行
ゑはいづくぞや、しろしめされてさふらはゞ、おしへてたべや人人と、こゑをあげてぞなき玉ふ、手を
折て、かなしきことをかぞ色に、すぎおくれつゝかずならぬ、うき身のよるべ涙川、袖のしがらみひま
なきに、思ひかさなるとし月の、千世に八千代の玉つばき、かわらぬ色を頼つゝ、かけし情も有原の、
昔男かひかる君、かをる中将ゆふびりより、なをまさとしの恋しやと、こゑをあげてぞなげかるゝ、雨
をしのぐやみのゝ国、かさのしづくもたるいのしゆく、涙ながらに立出て、始めてたびを品川に、しば
しなじみの君とわが、わかれの袖をぬれてほす、山路の菊の露の間も、わすらればこそ中々に、おもひ
出さんやうもなし、あらうらめしのわが身やと、たをれふしてぞなき玉ふ〟
〈宮川長春に「女舞」と題された肉筆美人画がある。右手に笹をもち、振袖には「おせん」のひらがなが配してある。
いわゆる「おせん物狂い」である。長春の絵とこの半太夫節が直接結びつくかどうかは分からないが、参考までに引
いておいた〉