◯『閑談数刻』二〔百花苑〕⑫246(駐春亭一指?記・明治初年成稿)(「ぇ」の原文表記は「江」)
〝鶴屋大淀
ある人大淀かたへ馴染通ひけるに、鴬邨君も折々遊びに行給へるを、わけありての事成べしと人のうわ
さしけるを聞て、
きのふけふ淀の濁や皐月雨
と書て御めにかけたるに、鴬邨君、
淀鯉のまだ味しらずさ月雨
と返しをなし給へるを聞て、大淀
ぬれ衣を着る身はつらし皐月雨
といゝ訳してうち連、うなぎ舛やにて一盃のミ笑ひしと也
京町壱丁目つるや市三郎抱【よび出し】大淀、郭中壱人の美女也。眼の涼やかなる事、靨の入る事、声
音の可愛らしき事すゞ虫の如し。此外申ぶんなし。
八朔は白き裾わたの衣類四ツ例の通着たりしに、或年白七々子へ金銀にて稲穂を縫ハせたるを袷にして、
帯ハ白繻子のうらへ唐緋のちりめんを附て着たり。八朔の袷大淀より初る。
白無垢で団子をねだる恥かしさ
とハ先生の御点の如く縫などはなかりしを、袷へ縫をしたるはよき客数多ありたれバ行とゞきし事なり
と、郭中ニて噂したりし。
八朔より九月上旬迄也。節句よりハ別衣裳ニなる。今もはたらきある遊女ハ袷を着る。
外遊女屋の女房など大淀の中の町へ出るを見んとて、衣裳のかわる度に茶やへ行て見たりし。
琴、三絃、こきう、河東、一中、義太夫、豊後、上方唄、鳴物を好て毎日ざしきにて曳く。すゝむる人
ありて、四ッ竹を習ふ。中にも琴をよく弾、発句ハさのミ好まず。書もどつとせず〟