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☆ おんなかみゆい 女髪結浮世絵事典
 ◯『蛛の糸巻』〔燕石〕②277(山東京山著・弘化三年(1845)序)   〝安永の末、山下金作といふ女形下り、深川の栄木と云所に住す、時鳴の正旦(タテオヤマ)なりき、此もの    ゝかつらつけ【かつらの髪ゆひなり】仲町の妓に通じたりしに、ある日、此妓の髪を金作がかつらのや    うにゆひけるを、妓輩うらやみ、謝物を贈りてゆはせけるに、のちは一度を二百銭に定めけるに、待す    るもの多かりしゆゑ、かつら付をやめ、妓の髪を結ふを渡世としけるに、甚吉といふ若き男弟子となり、    一度を百づゝにて、妓家の仲居どもの髪までゆひけるに、百づゝゆゑ百さん/\と呼れ、つひには名と    なりけり、此百、止挙、音声、天然婦女の如く、男に情をゆるすを好みけるとぞ、されば、女のわざな    る女の髪をゆふ事をも習ひしならん、此者のちに八町堀大井戸と云所に住、げいしやどもあるひはかこ    ひものなどゆひあるき、女の弟子ありて、弟子に髪をすかせ、百そのあとへ廻りて結ふ、うかれ地女な    どゆはすれば、茶屋ものなり、驕りなりとして、他に譏らるゝゆゑ、此悪風俗、地女には移らざりけり、    こは寛政二三年の頃なり、是れ女に髪結といふ悪風起りたる始原なりけり〟    ◯『塵塚談』〔燕石〕①287(小川顕道著・文化十一年(1814)成立)   〝此廿年来、女髪結といふ者出来り、遊女は此女にのみ結わする事の由、此已前より、女髪結ありし事に    や、予知らず、此頃は、江戸町々、其日暮しの婦女迄も結する事に成けり、油、元結等は此方より出し、    一度の結賃百文ヅゝ也、昔より、相応に暮す者の婦女は、毎朝、髪結、粉飾する事にて、今以かわらず、    右髪結に委ぬる者は、持髪にて、五六日に一度結よし、上方筋は一ヶ月に一両度も結由、度々結ふ者を    ば不嗜と笑ふ事也とかや、されど、女髪結に委ぬる事には有べからず、自分/\にゆふ事成べし、近年    は、四民とも髪結』のみにあらず、上方辺の悪風俗に移り、人気甚いやしくなれり〟